久しぶりに石田先生の教育論です。↓

 

 

<抜粋>

"● 「比較」せずに生きていくのは難しい

 「比較」は、子どもの頃はもちろん、大人になっても無縁ではいられません。人は一人で存在しているわけではなく、他者との関係性の中で生きています。嫌でも他者が目に入る以上、「比較」せずに生きていくことは容易ではありません。無意識に比較をしてしまうことも、ままあることです。

 大人の世界では、FacebookやInstagramに投稿された“キラキラ”な写真やメッセージを見て、鬱々とした気分になるという話をよく聞きます。そのようなことに対して「すご〜い」「(心から)素晴らしい!」と思える人もいますが、そうではない感情を持つ人もいます。他者と比較して、相対的にそうではない自分を下げて見てしまうからかもしれません。
 このような厄介な「比較」ですが、子育てが始まると、比較対象が多様化していきます。

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 ・・・比較対象は、(1)同年齢の子(2)兄弟姉妹間(3)親の子どもの頃、の大きく3つに分けられます。

 (1) 同年齢の子

 ・・・周囲がやっていることが標準だと錯覚し、自分の子どもは劣っているのではないかと不安を感じるようです。

 たとえば、「母子手帳に書かれた発育曲線から外れると心配する」・・・と書かれているのを見て、できていないと不安になる」などです。

 つまり、自分に見えている世界や示された平均を標準と考え、そのゾーンにいないと不安になるわけです。標準はあくまでも全体の中央値であって、上もいれば下もいます。

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● その子の“凹んでいる部分”に意識が向いてしまう

 (2) 兄弟姉妹間

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 例えば、「上の子は言わなくてもしっかりやる子だったけど、下の子は言わないと全然動こうともしない」とか、・・・など、さまざまな比較が行われます。そして得てして、その子の“凹んでいる部分”に意識が向かいます。

 (3) 親の子どもの頃
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 自分の過去を美化している可能性もあるため事実は怪しいこともありますし、そもそも、親と子どもでは人格が異なり、冷静に考えれば、同じであることはありえません。しかし、なかなかそう思えない現実があります。
 このように、子育てでは比較対象がさまざまあるため、どうしても比較する頻度が多くなります。比較をやめようとしても、それはかなり難しい話になります。
 そこで、筆者からは「比較をどんどんしてください」という提案をします。
 驚かれるかもしれませんが、比較する目的は、今までとは真逆になります。つまり、「比較して凹む」のではなく、「比較して伸ばす」ことを目的とします。

 ◆ 周囲の子と「比較」して、自分の子どものよい部分を見つける
 同じ比較をするのであれば、よいところを見つけてください。たとえば、「お友達は歌が上手だけど、うちの子は友達とのコミュニケーションがよくできる」・・・などです。
 これらは比較することで見つかることです。そうでないと、せっかくの長所が、単なる子どもの特徴としてしか見えず、伸ばすことができません。

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 つまり、比較はその子の凹んだ部分を見つけるためにするのではなく、凸の部分、突出した部分を見つけるためにしていきます。

 ◆ 人と比較して足りない部分があると感じたら、即補おうとするのではなく情報として受けとり、さらに調べる

 例えば、友達の多くが中学受験の塾に行っているということであれば、中学受験をする子が多いという事実としての情報を受け取ります。そこですぐに塾に入れるかどうかを考えるのではなく、派生的に調べていきます。
 たとえば、「何%ぐらいの子が中学受験するのか」・・・などです。つまり、情報を多面的に受け取ることで、総合的な判断ができます。中学受験以外にも複数の道があることがわかれば、不安感や焦燥感は減少していくはずです。

● 「比較」は長所を伸ばすことも

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 昨今、他者との比較によって自分の価値を低めてしまうケースが大人の世界でも少なからず起こっていると思います。多様性の時代と言われながら、同質性を求めてしまう傾向があるようです。
 人は、それぞれ固有の特徴を持っており、それを長所と言いますが、それをいかに見つけ、伸ばすのかということに焦点が当てられれば、世の中はもっと平和的に発展できると私は思っています。比較をしない世界を作るのではなく、「比較」によって長所を伸ばすという方法もあります。"

<抜粋終わり>

 

「隣の花は赤い」と言うやつですね。

英語なら「The grass is always greener on the other side of the fence(隣の芝生は青い)」になる。

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赤い花は綺麗だが平凡。

一方、黒い花は市場で3~5%しか入荷しない希少な花だそうです。

希少価値(個性)を見出せる親でありたいものです。

 

"それ(長所)をいかに見つけ、伸ばすのかということに焦点が当てられれば、世の中はもっと平和的に発展できる"

 

隣の奥様は綺麗(可愛い)、隣の旦那はハンサム、これでは「夫婦間の平和的発展」は望めませんね。