日本では、過去には、成功している著名人が「昔は悪(ワル)だった」と自慢したり、過去に暴力事件を起こしたヤンキー先生が、文科副大臣や内閣官房教育再生会議担当室室長などの要職を歴任したり、入れ墨入りの元極道の妻が弁護士から大阪市助役(現副市長)に抜擢されるなど、経歴を承知の上で、「だからその立場が解る」との理由で要職に任用されることも多々あった。

しかし、最近はその逆で、ネット情報から過去を暴き出し、要職に就いている人を引きずりおろす事例が増えている。

そのネット上の批判も国内とどまらず、海外に波及したり、海外からの批判で辞任/更迭を余儀なくされたりしている。

 

コミュニケーション戦略研究家でもある岡本純子氏の記事は、本ブログでも何度か紹介したが、ここでは、「小山田圭吾氏辞任騒動が加速した5大理由」についての解説記事を紹介したい。↓

 

 

<抜粋>

" 今回のテーマも、残念ながら「ネガ寄り」のテーマになりますが、過去に過った言動をした人を排除しようとする「キャンセルカルチャー」について考えていきます。

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これまでの功績を否定するかのように、過去の言動を糾弾し、その対象を排除しようとする「キャンセルカルチャー」なる動きが、アメリカを中心に広がっています。

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SNSの普及で誰もが「排除活動」に参加しやすくなった。

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 「キャンセルカルチャー」の定義はあいまいですが、過去の案件だけではなく、「セレブリティーや有名人の直近の不適切な行動を糾弾すること」もその一形態となっており、日々、誰かがその標的となっているのです。

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 何十年も前に出版されたアメリカの国民的童話作家の作品の中に黒人やアジア人の差別的な表現があったと、出版停止になったほか、南北戦争で南部連合の軍司令官を務めたリー将軍の記念像が姿を消すなどの動きには、賛否両論が噴出し、かんかんがくがくの議論となっています。

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 この広がりには、価値観の多様化や、ハラスメントなどに対する意識の高まりで、「これまで問題にならなかったことが、非難されやすくなっていること」に加えて、SNSの普及で、過去を含めた言動が可視化されやすくなり、「ハッシュタグやリツイート、シェアなどを通じて、誰もが、その『排除活動』に参加しやすくなっていること」が背景にあります。
 「コロナ危機」や「貧富の拡大」などで、世の中に怒りが充満し、その沸点が下がっていることも影響しているでしょう。

 SNSなどでの発信が多い若者がとくに声を上げ、「キャンセル」する主体となっていることを反映した結果のようです。

批判を集める「キャンセル」対象の「5つの条件」

この「キャンセルカルチャー」は「悪質な行為に対する責任を取らせること」と解釈される一方で、「検閲であり、過度に罰することになる」として反発する人もおり、「世論の分断」を加速する側面があると考えられています。

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 SNSなどでの発信が多い若者がとくに声を上げ、「キャンセル」する主体となっていることを反映した結果のようです。
 批判を集める「キャンセル」対象の「5つの条件」
この「キャンセルカルチャー」は「悪質な行為に対する責任を取らせること」と解釈される一方で、「検閲であり、過度に罰することになる」として反発する人もおり、「世論の分断」を加速する側面があると考えられています。

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 この「キャンセルカルチャー」は「悪質な行為に対する責任を取らせること」と解釈される一方で、「検閲であり、過度に罰することになる」として反発する人もおり、「世論の分断」を加速する側面があると考えられています。
 「キャンセル」の対象となり厳しい批判を集めるかどうかは、主に次のような5つの条件に左右されます。
【1】事案の種類

 「キャンセルカルチャー」で批判を集めやすいのは、「差別」の問題です。黒人、弱者へのいじめ、差別などは徹底的に非難の的となります。
 今回も「自分より弱い立場の人間への差別」という点で、看過できない事案だったわけです。

【2】悪質性の軽重
 「犯した行為の悪質性」によっても、批判の度合いは大きく異なります。
 これは一般的な不祥事でも同じですが、「①人的被害がある」「②複数回」「③長期的」「④故意」である場合は、「人的被害がない」「単発」「短期的」「単純ミス」よりも、批判されやすくなります。
 今回の場合、まさにこの「4つの要素」を満たしていること、また、子どものころの行為を反省するどころか、「大人になって得意げに語っている点で、悪質性が重い」と考えざるをえないところがあります。

【3】責任の軽重
そもそも、今回の場合、オリンピック・パラリンピックという「多様性の祭典に関わる重大な責任を背負っていたこと」が問題だったわけです。これが、単なる民間のイベントだったら、大ごとにはなっていなかったでしょう。

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【4】謝罪のタイミング
 今回、この件が明るみに出て、ネット上で批判が巻き起こってからの謝罪となったわけですが、やはり「タイミング」としては「遅きに失した」と言わざるをえません。
 これだけの批判が出ることが容易に想像できたはずで、なぜ、このギリギリのタイミングになったのか、理解に苦しみます。

【5】組織的な関与
 今回の場合、小山田さんを起用した「組織委員会の責任」も非常に重いものです。なぜ、開幕直前まで人選について伏せていたのか、こうした反響が出ることは誰でもわかりそうなものなのに、あえて、火中の栗を拾う選択をした理由がさっぱりわかりません。
 結果的に小山田さんを傷つける結果にもなったわけで、その「想像力の欠如」「見通しの甘さ」には開いた口がふさがりません。

「危機管理コミュニケーションの稚拙さ」が大きな課題
 人間、誰しも完璧ではないし、過去の行いで、これからの未来をすべて否定されるべきではないでしょう。
 一方で、こうした世の中の流れを読めば、「簡単に予見しえたリスク」が回避できなかった「日本の組織の『危機管理コミュニケーションの稚拙さ』」には「絶望感」を覚えずにはいられません。"

<抜粋終わり>

 

一般論として、「キャンセルカルチャー」には、後から造られた法で裁く「遡及」とか、一般市民がSNSの力を借りて著名人に社会的制裁を加える「私刑」みたいな部分があり、個人的には賛同しかねる。

しかし、岡本氏が言われる「5つの要素のうちいくつに合致するか?」は、制裁が与えられるべきかどうかの重要な判断基準になると思う。

 

そう考えると、小山田氏のケースはこの5つ全てに合致しており、さらに過去の問題で済まされない(現在まで繋がってる)ので、完全にアウトだろう。

 

一方、今日解任された小林賢太郎さんの場合はどうだろう?

ここに問題のコントの全容が記されていて、コントの主題とは関係なく「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」というフレーズをオチに使っている。↓

 

 

 

もし、これが「南京大虐殺ごっこ」だったなら、中国からのクレームは付いても、欧米からのクレームはなかったのではないか?

お寺の地図マークにさえ不快感を覚えるという欧米人の感覚は、日本人にはない。

そういう感覚のズレはあるにせよ、「殺人ごっこ」みたいなのは、お笑いネタとしてもNGだろう。

とはいえ、上記5つの条件に照らした評価は、小山田氏のケースよりはずっと軽いといえるのではないか。

 

小林賢太郎氏解任の件について、脳科学者の茂木健一郎氏は、

 

"ごく短時間の言葉尻をとらえて、小林さんのクリエイティヴの全体を(敢えて)見ようとしないひとたち、オリンピックに反対する立場から、それを炎上、拡大しようとするひとたちに対して、私は抗議します"

 

とツイートされています。

その全文はここにあります。↓

 

 

確かに気の毒な感はあるが、組織委員会に現代感覚と国際感覚、そして人選における慎重さが欠如していたことは間違いない。