こういうツイッター投稿がありました。↓
確かにその通りです。
田舎、といっても大都会のベッドタウンですが、新興団地から一歩出ると山林や田園地帯が広がる自然豊かな地。
そんなところにマイホームを持った30年程前、子供たちの通う学校の校長先生は、郷土資料館の館長でもありました。
<主なリツイートの抜粋>
"それには二つ理由があります。一つはその学校に勤務できる期限が決まっていることです。昔はいつまでも同一校にいる方もいらっしゃいました。二つ目は会議が多くなり、放課後がほぼほぼ自由ではなくなったことです。"
"公立校には教員が学術研究をすることを評価する基準がありません。評価されないどころか、人事の上ではマイナス評価です。「研究は昇進に不利」は常識です。"
"平成10年に、教員になった人の奨学金返還免除がなくなり、教員養成大以外から教員になる人が激減しました。
お金がないために研究者の道を諦めて教員になった人が昔はたくさんいたのです。
今は、「学校」が好きな教員ばかりで、「学問」の好きな教員は絶滅危惧種になっていますね。"
"プライベート・タイムをことごとく「部活動」に吸いつくされて、そんな時間はどこをほじくっても見つかりません。"
"中学の理科の先生たち、町内の山を歩きつくして植物・鉱物の調査して、最後は町の刊行物にまでまとめあげてましたけど、そういう活動も今の環境では難しそうですね…"
"教員です。
本当はそういった地域の資源資料を研究したり、活用した授業を行いたいと思っています。
しかし夜まで部活指導、
部活が終われば学級・生徒指導、授業準備、夜でも保護者対応に追われて
そんな時間は捻り出せません…
管理職によっては教材研究に価値を見出さない理解ない残念な人も居ます"
"高校教員としても実感してます。先生も生徒もほぼ地域外から登校するので土着的な対話が発生しないし、うちはとにかく受験需要が強いです。教養好きな生徒もいますが、受験指導が前提のため、そちらに時間を割かざるを得ません。"
<抜粋終わり>
忙しくて研究に充てる時間がない、受験指導が前提、研究は評価されない(むしろマイナス評価)、管理職の研究への不理解などは、誰もが思い浮かぶところかと思います。
公立校での「移動が多く、一校に長く居れない」というのは、歴史・文化やその地に特有の自然環境などの継続研究を難しくする意味はあるでしょうね。
2020教育改革では、知識詰込み型教育から探求型教育への移行を目指しており、当然、教員にも教育以外の探求心が求められるかと思います。
教育活動の一環として生徒達が行った調査・研究が「町の刊行物になる」、とか、今ならネット上で発表するなどの「形」として残るような体験は貴重だと思います。
そして、探求心旺盛な学生が教員を目指すように、廃止された教員への「奨学金返還免除」は、是非、復活させてほしいと思います。
これが廃止されて以降、教育学部以外からの教員志望が激減したようです。↓
