● 「××円からお預かりします」について
「1000円からお預かりします」は1900年代前半から言われ始めたようで、1900年代後半になって言語学者等が書籍でこれを問題視し、2000年代以降、SNSで盛んに議論されています。↓
しかし、未だに耳にすることがあり、SNSでの議論も続いています。
この言葉の起源や、元々どういう意図でこのような表現を用いたのかについても、諸説あり、本当のところはよく解りません。
これが正しい日本語でないのは確かで、誤りだという人達の理屈も種々あるのですが、私にはどれ一つ納得がいかないんです。
最も多いのは、
「1000円から代金を預かってお釣りを返すという意味だろうが、単純に『1000円お預かりします』でいい」
というもの。
この説を唱える人は大抵
「丁度なら『✕✕円頂戴します』になる」
と言うのですが、そこが私はおかしいと思う。
丁度なら「預かる」のでなく「頂戴する」のだと言うなら、1000円から代金を預かってお釣りを返すのではなく、「代金を頂戴してお釣りを(一時的に)預かる」でなければならない。
ところが「『1000円から(お釣りを)お預かりします』の"お釣り"が省略されている」と言う解釈は、私が調べた限りでは見当たらなかった(もちろん、これを省略したんでは意味が通らず、正しい日本語とは言えない)。
唯一、私がほぼ納得できたのは、以下のサイト中の"うにうにさん"の説明だ。↓
<抜粋>
" たとえば、8,000円の品物を買うときに一万円札を出したとします。このとき、店員の言葉として、次のようなものが考えられます。
a.一万円頂戴します/いただきます。
b.一万円から頂戴します/いただきます。
c.一万円お預かりします。
d.一万円からお預かりします。
a.ですと、お釣りが返ってこないようにも聞こえます。しかし、b.なら、
「一万円から(代金の8,000円分だけ)頂戴します」
ですから、そのような心配はなくなります。
ところが、実際の接客用語では、お金を「頂戴する」「もらう」という言い回しは、いかにも召し上げるといった露骨な感じを受けるからでしょうか、避けられています。代わりに用いられるのが、もっと遠まわしな言い方、いわば婉曲語法である「お預かりする」です。
・・・・・
つまり、店員としては「一万円(札を一旦お預かりして、その中)から(代金の8000円分だけ)いただきます」と言いたいところでしょう(この「お預り」は本来の語法です)。そして、( )内が省略され、さらに「いただきます」が婉曲語法になり、「一万円からお預かりします」という表現ができ上がったと考えられます。"
<抜粋終わり>
100%でなく「ほぼ納得」と言ったのは、これだと丁度(お釣りなし)でも「頂戴します」でなく「お預かりします」と言うことになるからだ。
丁度の場合、店員は客から金を「頂戴する」のか、それとも「預かる」のか?
これは、「頂戴する」が露骨だから婉曲語法で「預かる」とか、そんな問題ではない。
それは、後払いか先払いか?、それに尽きると思う。
飲食店の多くやタクシーのように後払いの場合に「丁度✕✕円お預かりします」はないだろう。
サービスを受けた時点で客には債務が生じており、
客:返済する、店員(店):受領する
と言うことであり、「お預かりします」では、
「丁度のはずなのにいくらかでもサービスしてくれるの?」
と、変な誤解を与えてしまう。
一方、先払いの場合(例えば、商品が包装中で客の手にない)、丁度でも「頂戴します」とは言い難く(言っても構わないとは思うが)、「丁度お預かりします」でも(私には)違和感はない。
皆さんはどう思われますか?
結局、
・ 後払いの場合
「一万円から頂戴します」と言って受取り、お釣とレシート(領収書)を渡す。
・ 先払いの場合
「一万円お預かりします」と言って受取り、包装した商品にお釣りとレシート(領収書)を添えて渡す(サービス予約や託送商品なら代わりに証書を渡す)。
と言うのが、最も理に叶った誤解や非礼のない表現だと思う。
なお、「一万円から(代金を)頂戴します」も「一万円から(お釣りを)お預かりします」も目的語を省略しているのだが、取引の主体は商品(サービス)と代金だから、前者は省略されても察しが付くが、後者は何が省略されているのかわからず、違和感を覚える。
● 「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」について
これもいろんな説がネット上に飛び交っていますが、納得のいく説は現時点で見つかっていない。
最も多いのが、
「客の注文が数秒前でも『現在の注文』だから、現在形にすべき」というもの。
これも先の「××円からお預かりします」と同じで、以下の2つのケースで過去形と現在形使い分けるべきだと思う。
・ 復唱後
「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
・ 復唱なし
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
復唱後の場合は、
「(店員の)聞き取りとチェックに間違いはないか?」
という確認になる。
もしこれを現在形で言われると、客は、自分が言ったことに対し間違いないか念押しされてるみたいで、不快に感じるのではないか?
復唱なしの場合は、まさに
「注文はそれだけでいいのか?(追加注文はないか?)」
の確認だ。
もしこれを過去形で言われると、
「それだけなの?、何か欠落してるんじゃないの?」
と、追加を催促されているように感じませんか?
この2つのケース、論理的に過去か現在かを考察してみましょう。
復唱後の場合は、「注文を取る」という店員の一連の作業の中の「聞き取りとチェック」という一プロセスに間違いがないかを復唱し、確認しているのであって、このプロセスは既に完了しているから過去形でいい。
一方、復唱なしの場合は、客に対して追加注文がないかの確認で、現時点での意向の確認だから当然現在形であるべきだ。
このように考えると、各ケースの過去形、現在形を逆にしたときに、それぞれ
「なぜ上述のように感じられるのか?」
納得がいくのではないでしょうか。
