今回は第2次世界大戦中にイギリス軍で使用されていた雷撃機で、傑作として名高いソードフィッシュの話をします。というか、性能が低い旧型でも状況次第で傑作として評価されてしまう場合がある、という話です。
■雷撃機の概要
まずソードフィッシュが分類される雷撃機というものについて説明しますが、これは軍用機のうち魚雷による艦攻撃を専門とするものを指します。第2次世界大戦は海戦の中心が軍艦同士の撃ち合いから航空機による対艦攻撃へと移行した時期で、雷撃機も重要な位置を占めていました。しかし、戦後にはミサイルの普及により、航空機に搭載する魚雷は潜水艦への攻撃以外には用いられなくなり、雷撃機は衰退していきます。
■ソードフィッシュの性能
ソードフィッシュはいわゆる複葉機でした。複葉機は航空機の誕生から第1次世界大戦の頃までは主流だった形式で(ライト兄弟の飛行機も複葉でした。)、当時の技術では1枚の大きな翼を作ると強度が不足したため、やや小さい翼を複数、縦に並べて備えることで代用した物です。また、複葉機は低速での揚力(機体を浮かせる力)が安定しやすいため、エンジン等が未発達であまり速度が出せなかった時期においては有利でした。
しかし、複葉機には主翼が1枚のみの単葉機と比べて、空気抵抗が大きく速度が上げにくいという欠点があります。そのため、技術の向上により、航空機がより高速化した1930年代までには単葉機との世代交代が進められ、第2次世界大戦では開戦の時点ですでに旧式化しています。
また、この頃には機体すべてを金属製とし、金属板の外表面を機体を支える骨格として兼用するモノコック構造が導入されていました。しかしソードフィッシュには、内部骨格を金属で組み上げ、外装は部分的にには布張りで仕上げるという、より古い構造が採用されており、走行の対弾性低くなっています。
要するにソードフィッシュは第2次世界大戦の時点ではすでに基本構造が老朽化していた、良く言えば手堅い、悪く言えば古臭い設計の機体でした。そのため、性能は当時としても低いんです。たとえば速度は最大でも246キロ、魚雷を積んだ状態では150キロ程度とされ、これは当時の爆雷機・雷撃機としてもかなり遅い部類です。当時の主力戦闘機はだいたい最高500キロは出るのが普通だったので、それにねらわれるともうお手上げでした。
ただ、ソードフィッシュには手堅く古臭い設計による長所もありました。
飛行機は風を切ることで翼面の上側と下側の間に気圧差を発生させ、この気圧差によって生じる上向きの揚力を受けることで機体を空中に維持しています。揚力は速度の2乗に比例するため、速度を大きく下げると揚力が不足していきます。また、翼を水平から大きく傾斜させると揚力が低下する「失速」という現象が発生します。そのため、機体を急激に減速させたり大きく傾ける動作をしたりすると、揚力が低下して機体にかかる重力に負けてしまい墜落します。
元々複葉機は速度が出ない代わりに低速での揚力は高いのですが、ソードフィッシュはさらに主翼の形状も失速を起こしにくくなっていて、低速飛行での安定性が非常に高くなっていました。また、低速・短距離での離着陸が可能だったため、狭いうえに天候によっては大きく揺れる空母の上での運用にも有利でした。
また、全金属機のモノコック構造は外板が骨格を兼ねているため、被弾して表面に穴が開くと機体そのものの強度が落ちてしまい、空中分解する恐れがあります。しかし、ソードフィッシュは、内部に骨格を持つ旧式の構造のため、コクピットやエンジンが無傷であれば機体に穴が開いても強度にはあまり影響せず、実際に175ヶ所も被弾した状態で生還した例もあります(もっとも全金属の方が耐弾性は高く、ソードフィッシュなら穴が開く攻撃を受けても新型機なら平気、という場合もありました)。
加えて搭載していたエンジンも丈夫で故障しにくく、機体の安定性をより高めていました。
ソードフィッシュは1935年に採用されています。この頃は航空機の技術進歩が早く、傑作とされる機体でも採用から10年足らずで退役するのが普通でしたが、ソードフィッシュは単葉機どころか、すでにジェット機が実用されていた終戦の1945年まで現役で飛び続けた、非常に寿命の長い機体でした。
■後継機の不在
ソードフィッシュが第2次世界大戦を現役で飛び続けることができたのには、上記のようなそれ自体の長所もあります。しかし、最大の要因は「置き換えられるような後継機が存在しなかった」という単純な事情でした。
1930年代末にはイギリスにもソードフィッシュはすでに古臭いという自覚はあったようで、後継機としてアルバコアという新たな雷撃機が開発されていました。しかしこのアルバコアは、各部が近代化されていたとはいえ結局また複葉機で、ソードフィッシュからの性能向上は微々たるものでした。その一方で操縦性は悪化していて、ソードフィッシュが極端に失速しにくい性質だったこともあり、同じ感覚で操縦しようとするとすぐに失速・墜落するという問題を抱えていました。加えてエンジンも信頼性が低く、後継機のはずが終戦を待たずにソードフィッシュより先に退役するという末路をたどっています。
アルバコアのさらに後継機のバラクーダはようやく単葉になり、性能もそれなりに向上しましたが、開発に手間取ったのと操縦性の面ではやはりソードフィッシュが有利だったこともあり、完全な置き換えはされずに並行して使われることになりました。
■ヨーロッパ海戦の状況
しかし魚雷を積むと時速200キロも出ないような飛行機では、まともな戦闘機相手に生き延びられるものではありません。ではなぜソードフィッシュが現役でいられたのかというと、これまた「戦闘機と戦わなかった」という実に単純な事情のせいです。
ソードフィッシュはイギリス海軍の雷撃機なので、主な戦場はヨーロッパ西部の海域になります。ここでのイギリスの主な敵だったドイツは、保有する航空機の航空距離が短い上に空母を持っておらず、海域での航空戦力展開がほぼ不可能な状態でした。実際、ソードフィッシュがドイツ機と遭遇した際の被害は非常に多大でしたが、遭遇自体が稀だったので問題にはなりませんでした。
イギリスの空軍機はアジア方面で日本機相手に苦戦しましたが、海軍はアジアには展開しなかったので、ソードフィッシュも日本機とはほとんど戦っていません。
また、ドイツ海軍は潜水艦を主として戦っていましたが、洋上で敵潜水艦を探す場合には速度はあまり重要ではなく、むしろ「低速で安定して長時間飛んでいられる」というソードフィッシュの特性が非常に有利に働きました。
そういうわけでソードフィッシュは長所と短所が周囲の状況と上手くかみ合ったおかげで、旧式でありながら大いに活躍し、最後の傑作複葉機ろして歴史に名を残すことになりました。