噛まずに飲め!! -5ページ目
(前回からつづく)
父親は意外に元気だった。
体中あちこちに
チューブが差し込まれ
電極が着いていたが
照れ隠しの皮肉な笑顔は
いつも通りの
俺の父親だった。
ふたこと、みこと、
体調のことを話した後
父親はいきなり
”昨日の試合みたか?”
といって
ファイティングポーズを
とってみせた。
前夜の世界戦を
テレビで見ていたのだ
父親は高校生の頃
ボクシングをやっていた。
俺も同じ高校の
ボクシング部出身だ
しかし、
心筋梗塞の患者が
急患で運ばれて
心電図を付けたまま
ボクシングで興奮するとは…
複雑な思いで
父親と前夜の世界戦について
語り合った
話の間が空いたのを見計らい
母親が
”お見舞いもらったんだよ”
と父親に耳打ちした
急患を待つ間
数枚の紙幣を
銀行の封筒に突っ込み
遠慮する母親に
渡しておいた
言わなくてもよいものを
母親はいつも通り
律儀に金額まで
父親に耳打ちした
この年になるまで
ついぞ両親に
小遣いやお見舞いなど
渡したことのない
親不孝者の俺だが…
いつもは
感情を表に表すことのない
父親が俺の見舞いの事を
聴いた瞬間
声を詰まらせ
ほんの少し嗚咽した…
息子から施しを
受ける自分に
惨めさを感じたのか
単純に嬉しかったのか
本来なら
5分程度しか
面会を許されない
救命センターだが
離れたところから
息子が見舞いに
来たことに
看護師も配慮してくれ
たっぷり
30分近く話した
ベッドサイドを
離れる時には
どちらともなく
両手で
握手を交わした
”また来るから…”
帰りは6文字言えた
母親に駅まで
送ってもらい
帰りの
新幹線に乗り込み
いつも通り
缶ビールをあけ
2本目が空く頃に
自宅の
最寄り駅につくと
ホームには
冷たい風が
吹きつけ
夜空に星が
輝いていた
いずれ
訪れて欲しくない
時間が来る時にも
夜空の星は
輝いているのだろう
そのとき俺は
空を見上げることが
出来るだろうか
衝動的に
3本目のビールを買い
缶を開けると
一気に喉に流し込んだ
(了)
blogをごらんの皆様
良いお年を!!
来年も宜しくお願いいたします。

(前回からつづく)
翌日、未だ救命センターに
入院中の父親を
見舞いに行く。
複雑に入り組んだ
総合病院の廊下を
母親の案内で
歩いていく
救命センターにつき
インターホンで母親が
面会の旨を告げる
返答が
有るか無いかの内に
後ろの大きな
エレベーターが開き
数名の看護師、救急隊員
医師がストレッチャーに
乗って全身チューブと
電極だらけの患者を
救命センター内に
搬送していく…
父親も
こんな状態だったの
だろうか
ストレッチャー上の老人は
素人目に見ても
”虫の息”だった。
ほどなくセンター内から
看護師が出てくると
”救急患者が入ったので
面会はしばらくお待ちください”
と告げられた。
救命センターの
前室で
たっぷり小一時間
母親ととりとめのない
話をして待った
申し訳なさそうな顔をした
看護師が
面会可能の旨を
告げにきた。
入念な手洗いと
消毒を指示され、
入室が許可される。
先ほどの老人は
一命を取り留めたようだ。
父親のベッドが見えてくる
テレビを見ていた。
”来たよ”
なんと言って良いか
わからず、
ぶっきらぼうに
3文字だけ発した。
遠目には
しぼんで見えたが
カラ元気なのか
見舞いに
元気付いたのか
意外に血色の良い
顔色に安堵を覚えた。
(つづく)

(前回からつづく)
母親と妹と俺…
妙にに広々した
リビングで夕食をとる
ここまで半分避けていた
父親が入院するまでの
過程を母親から聞く。
2,3日前から胸痛を訴え
最後は母親が病院へ
車で連れて
行ったのだという
俺は胸に溜まった
忸怩たる思いを
喉元で止めることが
出来なかった
”救急車だろ…
バイパス手術の後
どんなときでも
救急車使えって
言われたじゃないか”
母親はか細い声で
”だって本人が
必要ないって言うから”
”無理に呼ぶこと
ないって私が
止めたんだよ”
戸惑った妹の声…
しばらく
同じやりとりを
繰り返す。
妹が業を煮やし
”じゃあ、あんたが
呼べばよかったじゃん”
”その場にいないのに
出来ねぇだろっ”
声を荒げた俺は
改めて自分の罪に
気づいた…
家族を顧みない罪
”ごめんなさい”
妹が涙をいっぱいに
浮かべていた
”私がしっかりしてればね”
母の頬も濡れていた
家族は互いに詫び
俺は塩味の
ぬるくなったビールを
胃に流し込んだ。
(つづく)

(前回からつづく)
母親の運転で実家に到着
途中で買い込んだ
ビールを片手に
母親と厨房に立つ
介護職で夜勤明けの妹は
休ませておいた
やたらと整理が行き届いた
母親の性格そのままの厨房に
「かって知らざる他人の家」
皿ひとつ出すにも
戸惑う始末
”家族を顧みない業(ゴウ)”
が背中にしみる
それでも母親は
「楽しい」と笑ってくれた。
照れ隠しにビールを半分ほど
一気にあける
久しぶりの実家の食卓
3頭のレトリバーは
数年前に順に旅立ち
今日は父親もいない
あの頃は
食事時になると
3頭が食卓の下で群れ
頭をなでたり
脚に悪戯されながら
過ごしたものだった
父親のいつもの席に座る
そこはTVと正対し
部屋中が見渡せた
たかが数十センチで
こんなにも視界が
異なるものかと
然もないことに
俺は驚かされた。
(つづく)
(昨日からつづく)
その日の仕事終わり
まっすぐに駅に向かい
新幹線に乗り込む
売店で缶ビールを二本買う
不謹慎な気もしたが
呑まずには落ち着かない
こんな時に
酒に頼るようでは…
と自己嫌悪に陥りながら
冷たい風の吹く
新幹線ホームで
一気に一本あける
たった10分足らずの
待ち時間がやけに長い
トロトロとホームに入った
新幹線に慌てるように
乗り込み、指定席をみつけ
いつものように
リクライニングを
フルに倒して2本目の
ビールをあける
「ブシュッ」
という炭酸の抜け音が
通勤利用者ばかりの車内に
やけに大きく響く…
俺が新幹線通勤したら
やはり帰途には必ず
ビール缶を
開けているのだろう
などと、
くだらなく、明白な事実に
思考を巡らせながら
炭酸の効いた冷たい液体を
飲み干す。
地方都市の新幹線は
片田舎の在来線と
接続が悪く
時刻表も確かめずに
列車に乗り込んだ
自分の愚行を呪いながら
吹きさらしのホームで
冬特有の澄んだ星空を
見上げながら時を待つ
やっと到着する接続列車
ムッとする車内の暖房
英文の理系論文を
しきりに読みふける学者風
旅行パンフを見ながら
なにやら相談するカップル
試験でもあるのか
数学のノートを見直す高校生
疲れ切った額に皺を寄せ
居眠りする会社員風
雑多な人間の相乗り
みなそれぞれの人生の
重大事を抱えているのだろう
30分ほどたち
生まれ故郷の駅に着くと
18:37
親父が入院している
救命センターの面会時間は
とうに過ぎていた。
「今日はあえずか…」
輝く星空を見上げながら
吐く息で視界を白く曇らせ
呟いてみる
黙していることに
耐えられない
突然…名を呼ばれた。
振り向くと母親が立っていた
新幹線に乗ったことを
伝えておいたので
時間を読んで
駅まで迎えに着たらしい
相変わらず
気配りに隙がない人だ
「今日は面会できないよ。」
と母。
「でも一応落ち着いたから…」
ふたこと目は
自分に言い聞かせたようだ
「裏だから…」
駅裏の駐車場へ向かい
久々に並んで歩く母は
ひとまわり
小さくなっていた
どこかぎこちない会話を
何とかとぎらせないよう
頭を巡らせながら
母の車で実家へと向かった。
(つづく)



