創作です



の、アメジスト編

物語なので、苦手な方はスルーでどうぞ





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「キヨちゃん、こっちおいで」

ささやかな昼食後の卓袱台を拭いていた私を
白くしなやかな指先が手招きする

お酒のポスターに描かれる様な、優しげで少し気だるげな美人
うっとりとした笑顔を浮かべている

父の妹、つまり私にとって伯母さん

今日は母の帰りが遅くなるので、ついさきほどうちに立ち寄ってくれたのだが

子供の私でも分かる程
男の人が放っておかないだろう女性
だからか
母はあまり好いていない

少し戸惑いながら、「なあに?」と、台拭きの手を止めて側へ寄った

「キヨちゃん、髪が跳ねてる」
伯母さんがクシャッと笑って、嬉しそうに私の頭を撫でる

大きくなったね、まだ11なのに下の子達のお世話して、偉いね、可愛いね。と、母にも言われたことが無いような褒め言葉をかけ、頭を撫で続ける

「…別に、いつもだし。他の家の子も皆そうだし…」

恥ずかしさと、別に当たり前のことでもあるから、それをそのままぶっきらぼうに言った

伯母さんは、それでも偉いよ。と、自分のバッグの中を手探りして、櫛を取り出した

こっちに座って、と、私を背を向けて座らせると、おかっぱの髪を櫛ですきだす

伯母さんは、うちの兄弟の中で、私をよく可愛がってくれる
妹がほしかったと伯母さんは言うけれど、私の妹はあと二人いるのに、いつも私に真っ先に声をかけてくれる
お土産も「内緒ね」と、いつも一等良いものをくれる
母が苦々しい顔をするので、少し困るけど

『お母さんは、なんでそんなに伯母さんが嫌いなんだろう?こうしてわざわざ、留守番のお守りをしに来てくれたりするのに』

母の噛み締めた口元が、思い浮かぶ

戦争が何年か前に終わったとは言え、まだ配給無しでは暮らしていけない
でもうちなんか、まだ良い方だ
父は何とか職を得ているし、母も日雇いではあるけど、よく仕事の声をかけてもらっているから
私達家族は三食ご飯が食べられている
それに、伯母さんが時々服や食べ物を持ってきてもくれる

「ねぇ、伯母さんは、どうしていつも私に構ってくれるの?」
背中越しに、伯母さんに問いかけた

伯母さんは、ん?と言うと間を置いて、ふふ、と小さく笑って話し始めた

「私ねぇ、キヨちゃんが生まれた頃ね、とっても悲しい事があって、毎日どうして良いかも分からなくなってたのよ」

初めて聞く話だった
だから私は、その理由を尋ねてみた
でも、伯母さんは「何だったかしらねぇ?」ととぼける

「そしたらね、キヨちゃん赤ちゃんなのに、いつも私を見ると大きな声だしてね。まるで、こっちに来てダッコしろ!て、言ってるみたいで、おかしくて」

伯母さんは思い出したらしく、吹き出した
全然記憶の無い私としては、どうして良いか分からず黙っていた

伯母さんは続ける
「世界は戦争始まって、厳しくて煩くて、どんどん重くなって暗くて、悲しい話ばかり増えていったけど
キヨちゃんをダッコしてるとね、幸せがそこにギュッと詰まってるんだと思えて、幸せな気持ちになれたの」

…伯母さんには子供が居ない
というか、まだ結婚をしていない
二、三人子供が居てもいいくらいの歳なのに

我が家では、その事は禁句になっているのか、前に父に何度か聞いてみたが
「子供が人の素性をとやかく言うものでも、聞くものでもない!」と、ゲンコツを食らった

伯母さんは、私の髪を掬い上げると
「年頃になったら、もうこのおかっぱも見られなくなるのねぇ」
と、呟いた

私はそんなこと考えたことも無くて
「年頃…。年頃になったら、髪型を変えるの?私もなるのかな?いつか、それに」

肩越しに伯母さんを見上げた

伯母さんは、少し難しい顔をして
「なってしまうんだろね、きっと、皆」
最後の方は、何だか悲しんでいる様に聞こえた

まだ伯母さんと話をしていたかったけど、玄関から弟妹達がキャーキャーと雪崩れ込んできた
家に伯母さんがいると興奮して、一斉にそれぞれがしゃべるもんだから、伯母さんが目を白黒させている
弟妹達に、お手伝いをしなさい!と叱りつけたら、伯母さんは声に出して大笑いした

日が暮れた頃
伯母さんが夕飯を用意してくれ、そこに丁度母が帰ってきた

「お帰り」と声をかけると、母は、変わりなかったかと聞きながら、いそいそと家に上がる
伯母さんを探しているのだろう、私そっちのけでキョロキョロしている

台所から伯母さんが顔を出して、お義姉さんお帰りなさい、と声をかけた
母は一瞬、安堵の表情を浮かべたが、すぐにいつもの少し厳しい顔で「急にお願いして悪かったわね、助かりました」と、お礼を言った

弟妹達が母を見つけて駆け寄ってくる
お帰りの大合唱に、母は腰を曲げて優しい顔で「ただいま」とそれぞれに答えている

微笑ましく見ていたけれど
『…私も、お帰り、て、言ったんだけどな…』
心の片隅で、ふと呟いた

肩がフワリ、と、柔らかな感触に包まれた
伯母さんが私の肩に手を添えていた
にこりと笑って私を見つめると母の方を向いて
「じゃあ、私はこれでお暇しますね」と
涼やかに言った

母は「あ、ああ…、夕飯を食べて行かないの?」と、とりあえず口にする
伯母さんは、店で食べるから良い、と首を降る

夜の、小料理屋の仕事に行くのだろう
バッグを持って、玄関でかかとの高い靴を履く
母の眉間に、僅かな皺が寄る

自分だって、小料理屋の仕事をすることもあるのに、なんで伯母さんには厳しいのかなぁ

玄関で伯母さんを途中まで見送ると言ったが、「大丈夫だから」と、何度も断られた
こんな色っぽい人なんだから、変な男の人に見つかったら大変だと思ったんだけど
家の中から母に、ただ一言「清子!」と怒鳴られ、私は何も言えなくなってしまった

少し離れた角に誰かが立っていた
伯母さんがそちらに気付いて、ゆっくりと近づいて行くのが見えた
『ああ、誰かが迎えに来ていたのか』
私はそこまで見届けて、家の中に戻った




長くなったので、続きます