こんにちは、しゃむです^^
早速ですが
「徳を積む」
という言葉を聞いて
何をしようと考えますか?
人を助ける
ゴミを拾う
募金をする・・
などなど
思い浮かぶと思います。
そしてもう一つ
「情けは人の為ならず」
ということわざですが、
誰かに親切にするとそれは親切にされた人のためではなく、ゆくゆくは自分に返ってくる
という意味なので
なんだか
「徳を積むと自分にいいことが返ってきそうな気がする」と感じそうです。
とはいえ、
人に親切にするというのは家族以外日常でそう簡単にないことですし、
毎日忙しいのにこれ以上「いい人」になる時間もないような・・
って思っていませんか?
実はあまり知られていない
「意外だけど運が良くなる3つの徳の積み方」
があります。
仏教用語ですが、まず一つ目の徳は
①随喜(ずいき)の徳:他人の幸せを本気で喜ぶ
人は他人の成功や幸せを見ると、
無意識に嫉妬したり、
自分と比べて落ち込んだりしがちです。
しかし、
他人のハッピーな出来事に対して、
「よかったね!」
「おめでとう(^^)」
と、まるで自分のことのように本気で喜ぶことを、
仏教では「随喜(ずいき)」と呼びます。
なぜこれが強力な徳なのか?
それは
自分は一歩も動いておらず
お金も使っていない
それでも
相手が積んだ徳やハッピーのエネルギーを
喜ぶことで相手も嬉しい気持ちになり
さらに「ハッピーをお裾分けしてもらえる」という
みんなWin-Winな徳です。
②「不立文字(ふりゅうもんじ)の陰徳」:あえて誰にも気づかせない『未完了』を残す
徳を積むとき、
私たちは先ほど挙げた
「ゴミを拾う」
「トイレを綺麗にする」といった、
完璧な善行を思い浮かべます。
しかし、
あえて
「次に使う人が、ほんの少しだけ親切を上書きできる余白を残す」
という
極めて高度な徳の積み方があります。
例えばこんな行動です。
・オフィスなどに落ちているゴミを全部拾うのではなく、目立つものを1つだけ残して、次の人が「あ、拾おう」と思えるチャンス(徳を積む機会)を譲る。
・自分が素晴らしいアイデアを思いついても、あえて100%自分で形にせず、仲間に「ここ、どう思う?」と花を持たせる。
これは
「自分が良いことをした」
という自己満足を完全に消し去り
「他人に徳を積ませてあげる」
という究極の利他になるからです。
仏教には
こういう視点の徳もある
というのが個人的には驚きでした。
そして最後3つ目ですが
これが一番意外です!
③「自愛の徳(自利利他)」:自分を喜ばせることで周囲の運気を底上げる
「徳を積む=自己犠牲、他人のために我慢する」
と思われがちですが
実は真逆です。
「自分自身の機嫌を最高に保ち、心を満たしておくこと」
それ自体が凄まじい徳積みになります。
不機嫌な人が1人いるだけで、
その場の空気は凍りつき、
周囲のエネルギーを奪います。
逆に自分が満たされてエネルギーが溢れている人は
存在しているだけで周りを明るくし
安心感を与えます。
これを仏教では
「和顔愛語」の本質
とも言います。
「まずは自分のコップを水で満たし、溢れ出た分で人を潤す」
と考えると
自分の機嫌を取れるような
ご褒美を持っておくこと
「何もしないぐうたら時間を作る」
「好きなお菓子を食べる」
など
それは
「サボりではなく徳積みなのだ」
と堂々と言っていいのです^^
私も言っていきます👍