俺が宇宙を救っている間 に、地球(ビルマ)が大変なことに!


ハムニダ薫さんとこからTBをもらっっていた ので公開。

ついでに記事のご紹介。


ミャンマーのデモ隊をサポートしましょう


同胞の命が他国の軍の弾により無残に散ったことに憤慨し、日本政府の対応を待ったところ、

総理がヘタレ、官房長官もヘタレ、軍事政権に最初に抗議したのが高村外相だった、という成り行きに悲憤極まりない思い。


国際社会で民主主義を広げる十字軍に加わることでテロとクソ法の大義名分をかかげてるくらいなんだから、

どっかの外洋で給油させて(一国の利にだけ貢献して)いい気になってないで

きっちり抗議の声くらい上げんか!!!


軍隊が民衆を武力を持って制圧すると言う、

これ以上わかりやすいことない民主主義の危機じゃねえかよ!!



日本国民というのは昔から同胞の死に非常に感じやすい国民だと思っていたのだが、

数年前、武装勢力に誘拐され殺害されると言う危険に陥った同国人に対し、政府の仰るとおりの「自己責任」という罪状を「発見」して以来、

「アレは国益に反してでも助けなければならない国民、コレは助けなくてもいい国民」と人の命に政府判断の優劣をまるっと受け入れるようになった。


(『危険な地域で活動するジャーナリスト』も「危険なところにわざわざ行ったんだから死ぬ覚悟はあるはず」と「死んでもいいやつ認定」される職業のひとつだが、ジャーナリストなんか「国の後ろ盾」がなければ活動できないんじゃないだろうか。だからよくジャーナリストの出てくるドキュメンタリーなんかで武装勢力に囲まれた場合「私は○○人です」って宣言して、「自分の命が脅かされれば国が黙っていないだろう」というアピールをするんだろう。「日本人です」の場合は国家でなくて日本人海外在住者やボランティアのイメージに頼ってる気がするが。)


こういった「同国人でも誰々だったら死んでもいい」という態度は「国際社会」ではちょっとおかしいと思われるだろうな。

だからこそパウエルの「人質を日本の誇りとすべし」と言う発言が出たんだろうし。

どんな人間でも、明らかに相手が非道な行いをして自国民の命を脅かす行為に出るのなら、政府として抗議の声が出るのを期待するのは当然だし、自国民の保護を「やり投げ」する政府は国家としての義務を放棄しているに過ぎない


と思うんだけど、

日本国民の中には「政府から投げ与えられた『自己責任』という名の命の選別」に対して多大な信頼を寄せ、自分たちの命がそこから逸脱しなければ国家に絶対的に護られるものだと思い込んで政府を過剰に擁護し、そこからはみ出た死の危険に冒されている人たちを罵倒し愚弄する


取り返しのつかない「命への判断」すら自国に頼りっぱなしな傾向にある人たちもいる。


たぶんどこかの国で突然起こったテロに巻き込まれても自国には期待しないで「自己責任だ」と言われても仕方がない国だと、そんな皆さんは麗しい日本の覚悟を決めていらっしゃるのだろう、たぶん。



ハムニダさんの記事のコメント欄で田仁さんが紹介されていた記事を最後に紹介。とてつもなく悲しすぎる日本。


〔ジャック天野の目が点丼〕 長井健司氏の死を悼む 「ヤッパリ カエルワケニハイカナイ」


gegenga師匠が泣いた りえぞーセンセの記事。

http://s02.megalodon.jp/2007-1001-0040-28/http://mainichi.jp/life/riezo/

トップからの誘導タイトルは、「サイバラ、ミャンマーに位牌を・・・」

鴨ちゃんの戒名をビルマで入れてもらうんだい(ノДT)