少なくとも俺が生きているはじめの10年くらいは、日本人は他人が命をかけて訴えようとしたものに耳を傾けていたのだ。
命は大切で、神聖なもので、それを代償として発する言葉にはあざ笑えない重みがあった。
子供が他人が命をかけたことをおふざけの対象にしたら、親はそんなことを言うもんじゃない、と本気で怒った。
しかし、今は違う。
他人が命を捨てたことに対して、「バカだ」「おろかだ」「自分たちには思いもつかない」「こうならないように気をつけたい」と鼻でせせら笑っている。
たとえばマスコミや「正義の」一般人が居丈高に一部のほんの末端の悪人を糾弾して、溜飲を下げた相手が自殺しようが、「自殺することはなかったのに」「自分たちは関係ない」「自殺するなんて愚かだ」
そう言って立派で大多数で悪事になぞ欠片も手に染めたことのない清廉潔白の徒である美しい日本人のみなさんは、安寧と日々を過ごす。
俺は汚れて少数派で後ろめたいことがいくらでもあるから死んだ人たちを嘲笑えない。
ただ、この世の中が淘汰されて飾り立てられた完璧な美しいものだけになっていくのに寒気を覚えるだけだ。