まじめで普通の神秘学

まじめで普通の神秘学

- 私の職業はダウジング。とても珍しい仕事です。

出が悪いシャワーほどイライラするものはない

という一文を昔何かの小説の一節で読んだことがある。

 

まさか、自分がそんな目にあるとは思っていなかった。

 

どうやら、寿命が来て取り換えたボイラーの構造上そうなるという話であるが、とんでもない話である。

 

このボイラーを取り付けた人たちはたぶん毎日イライラしている。

 

中学二年の時に亡くなった母は、お弁当に甘くてバターたっぷりの蒸かしたサツマイモをつぶして、布巾で絞ったものをよく入れた。なぜ、こんなに頻度高くこれが入るのか?おかずになるのか?

なぞであった。おいしいけど、おかずにはどうだろう?と思っていた。そして、母が亡くなってからこれに出くわしたことが何十年ない。あの味を覚えているから僕は、ふかしたサツマイモには、たくさんのバターを入れて同じように甘くしているのだと思う。

祖父は、もずく酢が好きで毎日喜んで食べていたが、

これが、もずくではなく、もくずだったら大変だ、といつも言っていた。
何を言いたかったのか、笑わせたかったのか、わからないが

聞こえないふりをいつもしていた。
しかし、スーパーでもずく酢を見るとそのフレーズとその時の表情を思い出す。

元気に駆け回っていた愛犬ティオも、年を取り足が弱くなり腰が曲がったティオも

きっと後から懐かしく思うのだろう。その時は、なんということもないこともあとから抱きしめたくなるような懐かしさ、うれしさを感じるようなことがある。

若い時に住んでいた町などもきっとそうだろう。いろいろなものを呼び起こして。

うちのシャワーは水圧が低かったねぇ、と抱きしめたくなるような思いで、これを思い出すのであろうか?
それとも、水圧をあげる何らかの対策をするべきなのだろうか?
この後、一生、水圧が低いシャワーというのはあまりに悲しく思うが。