まじめで普通の神秘学

まじめで普通の神秘学

- 私の職業はダウジング。とても珍しい仕事です。


テーマ:

トラウマという言葉がある。

これを引き合いに出すと
いくらでも自分は悪くない、という論理を組み立てられる。

大学の教育心理学で、
自分をかわいそうだと思うことが非行の始まりだということを聞いたことがある。

なぜだか、ずっとその言葉を覚えている。

 

祖父母も親もそして、親戚のおじさんやおばさんが死んでいくと
自分のルーツというのはだんだんわからなくなり、調べようがなくなる。

 

江原さんが、ぼくには、水子で死んだ弟がいて、彼が僕のふりをしてあちこち動いて
助けてくれていることが、仕事の成功の理由の一つにあるといったけど、
母親にそんな水子がいたかどうかなんて、ほんとうに調べるのは大変だった。

母が大切にしていた、霧箱に入っていた僕のへその緒もどこにあるかわからないし、
母が分割払いで、苦労して買った僕の百科事典は、そんなことを知らないで
知らない人がごみとして捨てている。
 

結婚式があると親戚が集まるが、だんだん、それよりも、
葬式で皆が集まり、昔の話を断片的にすることで、何かがわかることがある。

その断片を組み立てるとあとから、何かがわかったり。

人を信じられない、自分は仲間外れにされるのはわかっているから、友達を作らない

という自分の十代、いや、二十代のころのその思考の理由は、全く分からないでいた。

今でもそのかけらが残っているのかもしれないが、
トラウマ?
しかし、そのかけらがある理由は知らなかったが、その対処法は身につけていた。

悪いエネルギーを放つ種があっても、それを発芽させなければ、
無いのと実質は同じ、であるからだ。

地元の城下町に祖父母は引っ越してきて、借家住まいをしていた。
そして、田舎町の昔は、よそ者は、本人だけではなく、その子供もいじめの対象となった。

祖母がほんとうに、この町は嫌いだ。本当にいじめられた。と
一度こぼしたことをぼんやり覚えていた。
意味不明だった。

叔父さんが、弟がいじめられたら、竹の棒をもって、やっつけに行った、
そんなことがよくあったと、いつかの葬式で言っていたことを思い出した。

ぼくは、幼稚園の時、やはり、近所の子供たちと仲良くしてもらえなかった。
1人だけ家に来る子がいたが、お菓子を食べるといつもすぐに帰ってしまった。

お菓子をもらいに来ているだけで、遊びたくはないというのは、幼稚園児でも感じたし、
彼も誘うことも話すこともなくなった。

 

それが、地元での僕の記憶だ。

僕が何か悪い、わけではなく、
長年のその土地での歴史があったからそのようなことが起きていたことは、
後で分かった。

 

じつは、最近分かった。

 

では、その人に嫌われ、嫌う種、そのまま捨て去ればよい、
ということになるかもしれないが、
それは、祖父母、父母がそこで過ごしていた、いろいろな歴史の本のひとかけらのものですぎないし、
逆に、嬉しかったこと、楽しかったこともその種とリンクしてあるだろうし、
親の歴史をデリートはしたくないから、大切に持っていることにしている。

逆に他にもその理由が全く分からないけど、
過去のトラウマ、厄介なのは、トラウマがあることすら気づいていないケースだが、
そういった人にちょっと助けを与えるための研究材料にもなるし、
やっぱり、捨てる気にはなれない。

子供のころのつらい思い出でも、今ではどこか抱きしめたくなるような気持にもなる。

 

Ameba人気のブログ