基本的に、痛みがあるときは、運動させてはいけないわけである。
痛みというメッセージで危険だから休ませてと言っているわけで
そこに、痛み止めの薬を使って痛みを消して運動をするということは
痛みの原因である損傷をさらに悪化させてしまうことになるから。
心の痛みはどうだろう?
今日は会社に行く日だけど、気持ちが乗らないから、休むと言ったらどうなるのだろう?
責任を果たしていないと怒られるのだろうか?
社会人としては、、、仕事なんだから、と言って無理をするのが普通なのかもしれない。
休んでも生活があるから給料だけは欲しいと言えばどうなるのだろう?
食べないといけないと。
一般的な生存可能期間 水分を摂取している場合、
人間はおよそ30〜70日程度絶食状態でも生存できる可能性があるとされています。
だそうだ。。
しかし、
水なしでは5日も生きていけないしかし、水を一滴も取らなければ、
せいぜい4~5日で命を落としてしまうことになります。
じゃあ、人は、何日心が痛くても生きていけるのだろうか?
心が痛いまま生きて死んでなにが意味があるのだろうか?
きっとその場合は、心が痛い自分を責めることになるだろう。
なんか、気分悪いから仕事を休みたいことはあっても
趣味の楽しいイベントなら、40度の熱があっても解熱剤を飲んででも行くだろう
問題の根源は、起きている時間のほとんどの時間を費やす
いわゆる「仕事」が、楽しくないってことだろう。その場合は。
楽しければ病気も治っちまうってもんだ。
でも、仕事が楽しすぎるのも問題だ。
承認欲求やら、欲望がどんどん育ち
病的に仕事をしだす。成功を積み重ねた興奮でドーパミンやらアドレナリンのせいで
疲れすら知らない。もはや、幸福感を感じる暇さえなくなる。
僕は思うのだけど、
ぼ~~~っとして、草木のようになって、自然のバイブレーションを感じて同化し
そこに何の評価もなく、ただ、揺蕩うような時間をたくさん持てることこそ幸せなんじゃないかと。
それこそ、山や川や海や動植物たちが奏でる
その命のバイブレーションこそ、神の声の代言ではないかと。
そこに戻れる時間が幸せでしかないと思う。
ってことで、嫌なことを嫌だって思う自分を肯定しつつ
しょうがないから、、
逃げるか、もしくは、、、
Maybe You’re gonna have to get high just to get by...
でも、嫌なことを減らす工夫や努力や、、逃避は大事だと思うよ。