車内に乗り込んだ僕は自分の座席に向かった。


両サイドの座席は小麦色に焼けたタイ人ばかりだった。


皆、興味深々な表情で僕の事を見てくる。


エアコンが心地良い・・・。


一気に焼けついた肌が冷却された気分だった。


僕はもうすっかり真っ黒になっていた。


移動の時はいつも何故か緊張する。


本当に目的地に到着するんだろうか!?とか、スリに遭わないだろうか?とゆう不安だ。


僕は宿でも用心していた。


僕一人だけなのにダブル・ベッドなんかの時は夜中に売春婦が宿と提携していて訪ねてくるんじゃないのか?とか、外出時に泥棒に遭うんじゃないか?と、いつも神経はピリピリしていた。


僕は外出する時に小銭をばらまき、帰宅した時に変わった様子がないかチェックしていたし、バック・パックは必ず施錠していた。


この時に活用していたのがバイクのタイヤチェーンだった。


使わない時はバック・パックにつけておけるので重宝した。


ジッパーもすべて施錠、ワイヤーロックも併用していた。


なんせこのバック・パックは僕の生活必需品。


最悪、これごと盗まれても買い直す事も可能だが、僕には必要最低限のお金しかない。


現金はトラベラーズ・チェック(旅行者小切手)と呼ばれる紛失しても再発行の出来る小切手で持っていた。


必要に応じて現金化すればOKだ。


だからキャッシュ・カードもクレジットカードも持ってきていない。


こんなモノを持ち歩くほうがよっぽど恐ろしかった。


海外は危険がいっぱいだ。


これから起こることも、全て自己負担。


決断する時も自分の判断が重要。


もし死んでも自分が悪い。


僕はこうゆう環境なら本当の自分が見つかるような気がした。


そうこうしているうちに乗客全員の確認がとれたらしくバスが出発した。


ふと腕時計を見ると発車時刻がかなり遅れている。


いい加減なやつらだ。


まっ、こんなもんだろ?


律儀に時間守る民族なんざ日本人くらいだろ。


バスはなかなか快適だった。


車内ではタイ・ミュージックが流れ、人々は陽気に口ずさみ何か俺まで気分良いやんけ。


ただ運転手はやたらとクラクションを鳴らしまくり、イケイケな感じの運転をしやがる。


暴走バス。


歩行者、バイクなんざ関係ねぇ、そう言わんばかりの横着な運転だ。


横断歩道も信号もないこの国の常識は非常識だと俺は叫びたかった。


途中、休憩をはさんでバスが停まるが僕は言葉の通じない国にまだ適応できず置き去りにされるんじゃないのか心配で下車できなかった。


なにしろコイツらは自分勝手で適当な奴らだからな。


うーションベンしてぇ・・・。。腹減った・・・。


グルグル・・・。


快適だと感じたのは最初だけ。


何時間もの地獄を味わった僕はようやくハジャイの町に辿りついた。


時刻は夕方だった。


マレーシアとタイの国境の境目。


イスラム教と仏教が対立するエリア。


下車しようとすりゃ、例のアレだ。


ミスター!ミスター!


ヘイ!ヘイ!


蟻みたいに出口に群がりやがって降りれねぇ!!


どけっ!!俺はションベン漏れそうなんだよ!


僕は奴らを押しのけてトイレに直行した。


トイレから出ると、よっ待ってました!!と言わんばかりの集団がぞろぞろ集まってくる。


とにかくギャーギャーうるせぇ!!ほっといてくれよ(笑)


なんかこの感じが逆に安心した。


今までと一緒じゃねぇか。


思ったより危険じゃないかも!?


でもお前らのそのトゥクトゥク(三輪タクシー)には乗らねぇよ。


さいなら(笑)


僕はガイドブックと通行人を頼りに町の中心を目指した。


たまたまその中の一人のおばちゃんのバイクに乗せてもらいタダでピック・アップしてもらった。


町の中心へ着くとやはりそこには見慣れない光景が広がっていた。


なんだか中国色が濃い。


目つきがおかしい連中も多い。


やっぱ、ヤバいかもしんねぇ・・・。


本当にここは東南アジアなのか?


僕はさっさと宿を探した。


そのあとは食欲を満たさねぇと。


マジでこの決まりきった一連の行動が疲れる。


事前に地図を見たり、情報を得たところで実際その場所へ行くと全然雰囲気が違う。


僕の好きにはさせてくれない。


僕がようやく200B(800円ほど)の安宿を見つけた頃、時計はすでにPM6時だった。


今からではマレーシア行きのチケットが手に入らない。


最低2泊だな、こりゃ。


僕の部屋は今までで一番汚く、不潔感MAXの最高の部屋だった。


笑っちまう。


窓の外から外が見下ろせたが、ヤバい町だと思わせるオーラが漂っていた。


到着した時と違って危険な香りがする。


夜はヤバそうだ。


つづく