IAN FLEMING | dowild<ドワイルド>blog

IAN FLEMING


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あの007/ジェームズ・ボンドの生みの親である「イアン・フレミング」をご存知でしょうか?

タバコに酒に冒険にと、享楽的な人生を送った彼自身が実のところ、ボンドのモデルだったのでは?と囁かれていますが…

1952年、不倫相手だったアン・ロザーメア伯爵夫人との結婚式前夜、“不安を紛らわすように”と書き始めたという007シリーズの長編第1作「カジノ・ロワイヤル」で翌'53年にデビューを果たす。

56歳で急逝したため、作家としての活動期間はわずか11年だったんだ。

存命中から007シリーズはベストセラーだったが、“ジェームズ・ボンド”の名前が真の意味で世界レベルに達したのは、'64年9月に公開された映画版「ゴールドフィンガー」が大ヒットしてからなので、惜しくもフレミングは、その栄誉に浴するコトはなかったんです。

フレミングについて語られる際に必ず話題にのぼるのが、先にも書いた「ボンドのモデルは彼自身だったのではないか?」というモノ。

確かに“煙草や酒の銘柄にこだわりを持つ、頑固で皮肉屋な英国人”という部分はほぼ同じ。

“既婚女性と関係を持つ傾向があり、束縛を嫌う”という女性の趣味にも共通項が見出せる(笑)

加えて、フレミングが秘密情報部M16に所属していた過去を重ね合わせれば、ボンドに自身を投影していたと考えないほうがムリなハナシだろう^^

しかしながら、ボンドとフレミングの間には、決定的に違う点もあるんです。

ボンドが己の能力に絶大なる自信を持っているのに対し、フレミングは終生、作家としての才能にコンプレックスを抱き続けていたというコト。

この1点においては“ボンド”とはフレミングの理想像だったのかもしれない…

また、生前のフレミングは、007シリーズの映像化に野心を燃やすもプロデューサーとのゴタゴタ、ひいては著作権訴訟にまで発展し、敗訴してしまう。

ソレに嫌気がさしたのか、自らの手による映像化を断念し、自作の映画化権を全て売却、今日まで続くボンド映画の製作がスタートしたというワケだ。

シリーズ最後の長編「黄金の銃を持つ男」を校正中に、超享楽的な生活習慣に起因する心臓疾患により没した。

フレミングの死後、007シリーズはジョン・ガードナーやレイモンド・ベンソンによって、現在も書き続けられている。

現在、ロンドンの帝国戦争博物館では、フレミングの生誕100年を記念し、「イアン・フレミングとジェームズ・ボンド―For Your Eyes Only」展が開催されており、再評価の気運がぐ~んと高まっている様子です♪

20世紀前半のドワイルド・ダンディズムを背負った男イアン・フレミングは、はたしてボンドに何を求めたのだろう…☆

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