Jacques Mayol | dowild<ドワイルド>blog

Jacques Mayol

「水深100メートルの青い静寂の中で聞こえる音がある。それは、音というより、宇宙の大いなる生命の響き。」

今からちょうど32年前の1976年11月23日、イタリアのエルバ島沖で人類史上初めて素潜りで100mを超える深さに到達した男がいた。

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「人間でイルカに最も近い男」と呼ばれた彼の名はジャック・マイヨール。

1988年にリュック・ベッソンによって製作された彼のドキュメンタリー映画「グラン・ブルー」でその様子を観た方も多いんじゃないかな?

彼は自らを「水棲人間(ホモ・デルフィナス)」と名乗っていた。

1927年フランス人フリーダイバー、ジャック・マイヨールは上海で生まれ、建築技師の父親の仕事により13歳まで中国で育った。

10歳の時、夏休みに父親に連れられ九州の佐賀県唐津市で休暇を過す事に。

七つ釜で初めてスキンダイビングを体験した際、3匹のイルカと遭遇し道を教えられたという。

それが彼の"運命"との出会いだった。

その後、世界大戦の影がさし始め一家でフランス・マルセイユに戻り高校を卒業。

ドイツ占領下のフランスに嫌気がさしたジャックは北極圏に移りイヌイットと暮らし、その後フロリダに移り住んでフランス語系新聞の手伝いやラジオ番組のリポーターを勤めながら、マイアミ水族館で働く事になった。

そのマイアミ水族館でイルカのクラウンと運命的な出会いをするんだ。

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ジャックとクラウンはすぐにお互いの意思を伝え合えるまでの関係になり、彼はクラウンから水中での呼吸法や泳ぎ方を学んだ。

その時、人間がイルカのように水中に適応できる可能性がある事に気付いたそうだ。

しかし、次第にイルカたちを閉じ込めて芸をさせるという水族館での仕事に疑問を抱くようになり、水族館を辞めてケイコス諸島に移住、そこで素潜りによる伊勢エビ漁を島民に教えるようになった。

その頃、周りの勧めでフリーダイビングに挑戦するようになり、1966年にハバナにて60メートルを記録したのを皮切りにエンゾ・マイオルカと共に記録合戦を繰り広げるように。

潜水中に体内の血液がどのように変化するのかを診る実験も行い、数十メートルの深度でフリーダイビング中のマイヨールの脈拍が毎分26回になっていることや赤血球が著しく増加していることが判明。

これはイルカなど水棲ほ乳類独特の生理反応「ブラッド・シフト」が人間でも同様に起こりうることが初めて確認された、これは生理学の世界における常識を覆す大発見だったそうだ。

そして1976年、遂にジャック・マイヨールは素潜りで100mを超える当時としてドワイルドな記録をつくった。

この時、彼は49歳。

さらに、1983年には水深105mに到達したというから驚きだ。


生前、彼は毎年3回は唐津のホテルに2~3週間位滞在していた。

彼の滞在中、唐津の海にはイルカやクジラがよく現れたという。

しかし、彼が2001年に亡くなったのを境に、その姿はほとんど見られなくなってしまったそうだ。

ジャック・マイヨールはイルカと共に海に帰っていったのだろう。

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