Julian Schnebel
台風一過、気持ちいい秋晴れだ♪
どうもアートな感じが止まらない(笑)
自由の国アメリカには、次々と自由な表現が生まれている。
1980年代、アート・シーンに「新表現主義」といわれた一群の新しい絵画の波が押し寄せた。
それはアメリカでは“ニューペインティング”ドイツでは“新表現主義”イタリアでは“トランス・アウ゛ァンギャルディア”など、さまざまに名称をつけられたアート現象だった。
そんなニューヨークのアート・シーンに彗星の如く現れ、その流行を世界的なモノにしたーティストを紹介しよう。
1951年、ニューヨークはブルックリン生まれの画家であり映画監督である彼の名は「ジュリアン・シュナーベル」
その才能は、1970年代の終わりに、若き画商であったメアリー・ブーンによって見出された。
彼女の画廊で催された個展において、キャンバスに皿の破片を張り付け、暴力的なタッチでさまざまなイメージを描いた作品が話題となる。
皿を埋め込み、ソレが飛び出した異様で巨大な画面は、モザイクと呼ぶにはあまりにも荒々しく作られ、絵を描くキャンバスとしてはおよそふさわしくない様子をしていた。
彼はあるインタビューでこう答えている。
「絶望し、何をしてもうまくいかず途方に暮れていた」と。
飛び出した皿は描かれたイメージと折り合うワケじゃなく、まるでただ自らを主張すべく突出している。
まるで彼のその心理体験をそのまま物語るかのように…
「ネオ・エクスプレッショニズム(新表現主義)」は、ある意味、モダニズムが生み出した70年代の知的で禁欲的なミニマリズムに対してのレジスタンスであろう。
それまで否定されてきた歴史や神話、性、生と死、記憶、夢想などを主題とし、そのイメージが持つ情動を荒々しく暴力的なまでにキャンバスに叩きつけたワケだ。
反面、マネーゲームと化した美術市場の中で踊らされていた感も強い。
コレは、アートと流行、アーティストの夢とマネーを語るときに必ず思い出す歴史でもある。
シュナーベルは、後年、80年代を描き、アメリカ史上、黒人アーティストとして初めてメジャーになった盟友を回顧した映画「バスキア」を監督した。
しかしそれは、月並みな「アート」と「富と名声」と「ドラッグ」に彩られたストーリーであった。
彼の「皿」は、現実の「絶望」の相を突き付けている。
かつて存在しなかったその表現力は絶望から逃れ、新たな“像”の世界を切り開いた。
イメージの持つ物語性をドワイルドに発揮した心惹かれる画家だ。
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