The Golden Age of Rock'n Roll | dowild<ドワイルド>blog

The Golden Age of Rock'n Roll

かつて俺が中学生の頃、夢中になって聴いていた音楽。

それは、50'sのシンプルなRock'n Rollだった。


単調でノリのいいビート、キャッチーなメロディとコードライン、そしてその雰囲気。

夢中になって聴きまくっていた若き頃。


時は1955年、アメリカで映画「暴力教室」のオープニング・テーマとして流れた
「1,2,3 O'Clock,4 O'Clock・・・♪」

そのカウントと共にRocl'n Rollという音楽は誕生したんだ。


そうこの曲はお馴染みだよね?
ビル・レイリー&ヒズ・コメッツの「ROCK AROUND THE CLOCK」である。


その翌年、1956年にはチャック・ベリーやリトル・リチャード、そしてエルビス・プレスリーの出現。


華やかなRock'n Rollドリームが幕開けした。


白人開拓者達が民謡から発展させたカントリー・ミュージックは、1920~30年代にはアメリカ全土に広まった。

一方、南部中心に発展したブルースやゴスペルなどの黒人音楽も1940代になると次第に洗練され、リズム&ブルースへと発展していった。


そして、50年代に入りこのカントリーとリズム&ブルースなど様々なジャンルを融合して生まれたのが、Rock'n Rollである。


この「Rock」も「Roll」も元々は黒人のスラングで性交を意味した言葉であった。

やがて「派手な騒ぎ」という意味も加わると、黒人のリズム&ブルースで歌われる言葉となる。


1951年になるとオハイオ州のラジオDJアラン・フリードが、白人の若者に黒人のリズム&ブルースを「ロック&ロールパーティー」という言葉と共に紹介し始めた。


その背景には当時まだ根強かった"人種差別"の問題があったんだ。

レストランはもちろんバス、トイレまでも人種によって隔たれていた時代だった。

そんな厚い壁をも乗り越え、白人・黒人の文化が初めてコラボレーションしたのがRock'n Rollであったと思う。


白人でありながらアメリカ南部のメンフィスでカントリーからブルースまで聴いて育ったエルビス・プレスリー。


エルビス・プレスリー


エルビスが1956年にテレビ出演した際の「Heartbreak Hotel」
この時のセクシャルなパフォーマンスは全米中に衝撃を与え、たちまち当時のティーン・エイジャー(死語かな?)達のカリスマとなった。

彼が腰をシェイクしながらエロティックに歌うほど大人達は眉をひそめたが、それがかえって若者の心をくすぐった。
(名門音楽番組「エド・サリバン・ショー」にエルビス・プレスリーが出演した際、テレビ局はエルビスの上半身しか映さなかった・・・。)


また、Rock'n Rollギターに革新をもたらしたチャック・ベリー。


チャック・ベリー


これぞRock'n Rollというギター・リフはその後のギタリストに多大な影響を与え「もしもギター・リフに著作権があったのならば、チャック・ベリーは世界一の金持ちになっていただろう」と言われている。

また楽曲についてもビートルズやローリング・ストーンズなどに何曲もカバーされており、「もし、チャック・ベリーがいなかったら・・・?」などと考えてしまう。


その他にも8ビートをいち早くモノにしたリトル・リチャード、バディ・ホリー、ジェリー・リー・ルイス、カール・パーキンス、ロイ・オービソン、エディー・コクラン、ファッツ・ドミノ、ボ・ディドリー・・・。


1950年代アメリカ・・・、ドワイルドに輝かしい時代、夢が溢れていた。


そんなRock'n Rollドリームも50年代末期にはロックの商業化、エルビス。プレスリーの徴兵、チャック・ベリーの服役、事故、死亡・・・。
様々な事件や事故などによって、輝かしいRock'n Rollの時代は終わった。


その後60年代には、そんな彼らの影響を受けた英国系(ビートルズやローリング・ストーンズなど)により、より精神的に踏み込んだロックが台頭し始めるんだ。


ジョージ・ルーカスが自らの青春時代を振り返った映画「アメリカン・グラフティ」には、そんな50's当時のRock'n Rollドリームがリアルに描かれている。


ジャンルが多様化しますます複雑になっていく現代のミュージック・シーン。

たまには頭をカラッポにして、大音量のRock'n Rollで”ツイスト♪”してみるのもいいんじゃないかな?


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