抜粋転載続き
すなわちGISにおいてTLR3を活性化するligandは
enteric microbiologyに由来するものではないと考えられた
TLRはmicrobiologyなどの非自己に由来する外来性のligandのほかに
傷害を受けた自己組織より放出される内因性のligandも認識することが明らかとなってきている
特定の細胞質内成分、細胞外マトリックス蛋白質、核酸などが内因性ligandとして報告されており
TLRの活性化を介して炎症を惹起し
組織傷害を増悪させると考えられている
放射線によって最も初期に誘導される腸上皮傷害は
p53依存的なcrypt細胞死と考えられる
まず筆者らは放射線によって誘導される p53 依存的細胞死と
TLR3 依存的細胞死の関係性を調べた
放射線誘導性crypt細胞死に関して
TLR3 KOマウスではその頻度は減少しているものの依然として観察される
重要なことにTLR3 KOマウスでは
p53 依存的細胞死は正常に機能していた
つまりTLR3 KOマウスにおける放射線誘導性crypt細胞死の減少は
p53機能の低下によるものではないと考えられる
一方で,p53 KOマウスでは
放射線誘導性crypt細胞死は全く観察されなかった
p53 KO マウスの小腸では
野生型と同様にTLR3を発現しており
さらにpoly I:C による TLR3 依存的crypt細胞死も観察された
すなわち放射線に被曝したp53 KOマウスで
TLR3 依存的細胞死が観察されないのは
TLR3 機能の低下が原因ではなく
ligandが発生していないためと予想された
そこで筆者らはp53依存的細胞死が
TLR3 ligandの発生要因となるかを調べた
小腸オルガノイドに放射線を照射すると
crypt様ドメインにおいて
p53 依存的な細胞死が起きる
興味深いことにcrypt細胞がp53依存的に細胞死すると
細胞内のRNAが漏出することが分かった(図 5(a)
image0359.jpg
自己RNAによるcrypt細胞死の誘導
(a)10Gyのγ線を小腸オルガノイドに照射して1日後の培養上清中のRNAをバイオアナライザーで定量した
(b)10Gyのγ線を小腸オルガノイドに照射して1日後の細胞生存率
一部のサンプルには RNaseを培地に添加して培養した

さらに漏出したRNAは
TLR3 依存的に細胞死を引き起こし
放射線誘導性crypt細胞死を増悪させていた(図 5(b)
本来哺乳類の細胞内のRNA は一本鎖であり
TLR3が認識すると考えられている二本鎖RNAとは構造的に異なる
筆者らは漏出したRNAのうちとりわけ長鎖のRNAが
TLR3を活性化することを確認している
最近の報告によるとポリオウイルス由来の一本鎖RNA は
ステムループなどの二本鎖様構造をとり
TLR3を活性化し得ることが明らかとなっている
同様に、哺乳類のRNAも
長鎖のものは分子内に二本鎖構造を形成しやすいのかもしれない
TLR3ligandとなる長鎖RNAのタイプ、構造、他の生体分子との相互作用、TLR3への結合様式などに関して更なる解析が要される

TLR3/RNA結合阻害剤が GISを改善する

放射線被曝後の小腸において
死細胞から漏出したRNAと
TLR3の結合を
阻害すれば
GISを軽減できると期待される
筆者らはTLR3への二本鎖 RNAの結合を阻害する薬剤として報告・市販されている
(R)-2(- 3-chloro-6-fluorobenzo[b]thio- phene-2-carboxamido)-3-phenylpropanoic acid を試験した
γ線を照射する前にマウスに阻害剤を投与しておいたところ
未投与の場合と比べてcrypt細胞死が減少し
生存率が大きく改善した( 図6(a)(b)
image0358.jpg
TLR3/RNA結合阻害剤によるGIS抑制効果
(a)TLR3 /RNA 結合阻害剤を投与したマウスに 10 Gyのγ線を照射した際の小腸TUNEL染色像(死細胞;緑、核;青)
阻害剤は照射1時間前に投与した
(b)野生型マウスに10 Gyのγ線を照射した際に阻害剤を投与した場合の生存率
阻害剤は照射1時間前あるいは1時間後に投与した

特筆すべきことにγ線を照射して1時間経過した時点で
阻害剤を投与した場合にも
生存率の改善が見られた(図6(b))
KOマウスの解析からTLR3の欠損は
p53機能にほとんど影響しないと考えられる
したがって放射線被曝の一定時間内に
TLR3の特異的阻害剤を投与すれば
p53のDNA修復機能に影響することなく
GISを予防できると期待される
おわりに
本稿では放射線被曝後の急性期に発生する消化管上皮傷害において
TLR3が極めて重要な役割 を果たしておりその活性化阻害が有効な治療手段となり得ることを紹介した(図7
image0357.jpg
GIS の病態形成機構
電離放射線が小腸crypt細胞のDNAを傷害すると
p53がDNA修復のために細胞周期を停止する
DNAの損傷が修復不可能な場合p53は細胞死を誘導する
p53により細胞死した細胞からはRNAが漏出し
それがTLR3を活性化して更に広範な細胞死を誘導する
cryptの腸上皮幹細胞が死滅すると
epithelium cellの供給が途絶し
intestinal villus epitheliumの構造、ひいては機能が破綻してGIS に至る

放射線事故を除いて日常生活において私たちが高線量の放射線に曝される機会はあまりないように思われる。ところが放射線が癌治療に広く応用されていることは周知の事実であり、なかでも悪性腫瘍の全身リンパ節転移や精巣・卵巣癌の腹膜播種に対して広範囲の腹部放射線照射が実施された際には治療目的外である消化管において、GISと同様の症状がしばしば併発する。
急性期での粘膜傷害の後には慢性炎症を伴う進行性の腸炎へと発展し
狭窄、流通障害、線維化などの難治性の晩期障害を引き起こす場合があり
癌患者のクオリティオブライフを著しく低下させている。今後 それぞれの発達段階における自然免疫機能の役割を明らかにし放射線事故やがん治療の場における消化管障害に対して新たな予防・治療手段を提案していきたい

転載終わり