放射性GIS2015年1月18日http://ameblo.jp/dovob-schutzstaffel/entry-11978552241.htmlこの続き
①TLR3を介した放射線誘導性腸上皮傷害機構 isotope news 2014年11月号 No.727
http://www.jrias.or.jp/books/pdf/201411_TENBO_TAKEMURA_UEMATSU.pdf
抜粋転載開始
放射線は人体に甚大な被害を及ぼす危険性があり事故のないよう管理には細心の注意が払われる

近年では東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故においてその危険性を再認識させられたことは記憶に新しい
放射線はその電離・励起能力によって、生体細胞内のDNAを損傷させる。軽度のDNA損傷は修復することができるが、それが不可能である場合にはDNAが損傷したまま分裂するか若しくは細胞死を誘導する。これらの影響が蓄積・拡大することによる身体機能の低下を放射線障害という

脾臓やリンパ節などの造血組織と同様に、消化管は非常に放射線感受性の高い臓器である
消化管の中でも小腸は特に感受性が強く
高線量の放射線被曝によって傷害を受けると
栄養吸収や、物理的barrierなどの上皮機能が失われ
吸収阻害、下痢、出血に加えて
enteric bacteriaの組織内侵入に伴う感染症や敗血症といった急性期障害が引き起こされ
亜急性に死亡する
これらの急性期の症候は放射線性消化管症候群(gastrointestinal syndrome、GIS)として知られており
臨床的に解決すべき重大な問題となっている
本稿では筆者らがGISの病態発現機構について
免疫学的な観点から
解析して得られた最近の研究成果について紹介する

GISに関する従来の理解

小腸の粘膜は一層の上皮によって覆われており
管腔側に伸びた突起状の構造をしたintestinal villusと
その下部にある窪みのcrypt(陰窩)に区分される
intestinal villusには吸収上皮細胞が非常に多く存在するほか
粘液を産生するgoblet cellが存在し
栄養吸収や物理的barrierといった主な上皮機能を司っている
cryptには腸上皮幹細胞が存在しており
活発な増殖・分化を繰り返している
派生した娘細胞は
成熟してintestinal villusに移動して
上皮層を形成し
最終的には、intestinal villusの先端から管腔内へと脱落する

1 娘細胞;細胞分裂で生じた2個の新しい細胞
分裂前のものを母細胞と呼ぶのに対していう


小腸ではこのような上皮の更新が3~4日を周期として絶えず行われている
DNAが放射線により傷害を受けると
癌抑制遺伝子として知られるp53が
細胞周期を停止させ
DNA修復応答を誘導する
しかしDNAの損傷が修復不可能である場合は
p53は細胞死を誘導する
cryptの腸上皮幹細胞や娘細胞は
非常に放射線感受性が高く
死滅すると絨毛への細胞の供給が途絶してしまい
上皮構造が破綻してGISに陥る
このような分子mechanismに基づくと
放射線誘導性の細胞死を阻害する薬剤は
GISの治療に有効と考えられるが
p53を阻害する薬剤を用いた治療応用は
傷害されたDNAが修復可能 な場合にまで影響を及ぼす可能性があるため
現実的ではなく
これまでのところ有効な治療法は確立されていないのが現状である

GISの病態発現にTLR3が関与する

様々な内的・外的なstressによって臓器障害が誘導され
疾病状態が形成される過程において
免疫応答は欠くことのできないものである
免疫応答は自然免疫と獲得免疫に大別される
20世紀の終わりまで
自然免疫は病原体などの異物を貪食するだけの非特異的応答と考えられてきた
ところが近年Toll様受容体
(Toll-like receptor(TLR)
の発見、機能解析を通じて自然免疫の新たな役割が分かってきた
TLRは代表的な自然免疫受容体ファミリー分子で
哺乳動物では、10数個のファミリーメンバーからなっている
knockout(KO)マウスの解析により
TLRは細菌、真菌、原虫、ウイルス由来の成分によって活性化され
病原体の侵入を感知することが明らかになった

2 ligand→特定の蛋白質と特異的に結合する比較的低分子の化合物


ligandを認識したTLRは
NF-kBや
IRFファミリーなどの
転写因子の活性化を介して
炎症性サイトカインや
I型インターフェロンなどを誘導し
感染初期の生体防御を行うとともに
獲得免疫の誘導も制御することが明らかになっている
最近では、本来は生体防御の機能を果たすTLRが
炎症を誘導して自己組織の損傷を増悪させる場合があることが明らかとなりつつある
GISにおいても自然免疫応答が病態の増悪に関与する可能性があるが
そのtrigger要因として重要なTLRを中心とした研究はこれまで十分に行われていなかった
マウスに放射線を照射すると
ヒトの放射線障害をよく反映した症状を示すことが知られている
筆者らは致死量(10 Gy)のγ線をマウスに全身照射したところ
急速に衰弱してほぼ1週間以内に死亡したが
興味深いことに
TLRファミリーのうち
TLR3 の KOマウスは
野生型のマウスに比して
有意に長く生存し
強い耐性を持つことが分かった
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10 Gyの放射線を全身に被曝した際の死因としては
腸管のほかに造血骨髄
及び血液中の白血球数を調べたところ
野生型マウスとTLR3 KOマウスのいずれにおいても
放射線照射により劇的に減少していたが
その程度に差はなかった
一方でGISに伴う下痢や体重減少を調べたところ
TLR3 KOマウスは極めて軽度な症状を示した

図2 野生型及び TLR3 KOマウスにおける放射線誘導性crypt細胞死
(a)小腸のヘマトキシリン-エオジン染色像
小腸の上皮は上皮幹細胞やその娘細胞が活発に増殖・分化しているcrypt陰窩と
cryptから供給された成熟上皮細胞群が並列して層を成すintestinal villusによって構成されている
(b)10 Gy γ線照射後の小腸TUNEL染色像
TUNEL染色により死細胞が検出される
(死細胞;緑、核;青)
組織の機能障害が考えられる

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さらに厳密に評価するために筆者らは放射線照射した後に骨髄細胞を移入し
造血器障害の発症を未然に防いだ状態でマウスを観察した
野生型マウスは依然として重度の下痢や体重減少を示して亜急性に死亡したのに対して
TLR3 KOマウスではそれらの症状は軽く、回復して生存した
このように致死性のGISが成立する過程において
TLR3 が極めて重要な役割を果たしていることが分かった

TLR3 はcryptの細胞死を引き起こす

TLR3 がどのようにGISに寄与するのかを明らかにするために
筆者らは放射線による小腸上皮傷害の過程を経時的に組織観察した

図3 放射線照射後の野生型及び TLR3 KOマウスの小腸の経時的構造変化
10 Gy のγ線を照射してから
0、3、5 日目の小腸のヘマトキシリン-エオジン染色像

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放射線に被曝すると数時間のうちに小腸のcryptで広範な細胞死が認められる
注目すべきことに、野生型マウスと比して
TLR3 KOマウスではその頻度が有意に少なかった(図2
その後、数日のうちに、野生型マウスではほとんどのcryptは構造が破綻して消失してしまい
上皮細胞のほとんどのcryptは構造が破綻して消失してしまい
上皮細胞の供給を失った絨毛は
最終的に上皮層が脱離して
固有層が裸出する様子が観察された(図3
一方でTLR3 KOマウスでは
多くのcryptが構造を維持しており
健常状態のように細胞増殖が活発に起きていた
またintestinal villusの上皮構造も破綻しなかった
すなわちTLR3 KOマウスのcryptでは
放射線誘導性細胞死が軽度であるために腸上皮幹細胞は死滅せず
intestinal villusに細胞が十分に供給され続けた結果
上皮層が破綻せずGISに至らなかったと考えられる
次に筆者らは、TLR3の活性化がいかにしてcrypt細胞死を誘導するのかを解析した
小腸における TLR3遺伝子の発現分布を調べたところ
TLR3はcryptをはじめとする上皮組織に強く発現していることが分かった
近年小腸のcryptを分離して
in vitro で三次元培養し
上皮細胞のみから構成される
立体的組織構造体(オルガノイド) を作成する技術が確立された
特筆すべきことに
小腸オルガノイドは
intestinal villusやcryptをそれぞれ反映した部分的構造(ドメイン) を形成する
TLR3の人工リガンドである
poly I:C(polyinosinic-polycytidylic acid ウイルスRNAを模倣する合成二本鎖RNAアナログ)で
マウスの小腸オルガノイドを刺激したところ
crypt様ドメインにおいて
TLR3依存的な細胞死が観察された(図4(a)
同様の現象が生体でも起きるのかを評価するため
poly I:C をマウスに腹腔投与したところ
小腸cryptにおいてTLR3依存的な細胞死が誘導された(図4(b))
つまり放射線被曝後の小腸では
リガンドにより活性化したTLR3が直接的にcrypt細胞死を誘導すると考えられる
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poly I:Cで刺激した小腸オルガノイドのTUNEL染色像(死細胞;緑、核染色;青)
左上図はクリプト様ドメインの一部を拡大した像
中央部には正常に一定期間増殖した後に細胞死して脱離した、あるいはpoly I:Cにより細胞死した上皮細胞が観察される
(b)poly I:C を腹腔投 与したマウスの小腸TUNEL染色像(死細胞;緑、核;青)


自己のRNAがTLR3依存的細胞死を誘導する

放射線被曝後の小腸において
TLR3を刺激し得るリガンドを探索した
マウスをはじめ動物の腸内にはおびただしい数のbacteriaやウイルスが存在する
従来TLR3はウイルスの二本鎖RNAを認識するセンサーとして機能すると考えられていることから
放射線被曝後では
enteric microbiologyに由来する物質が小腸cryptのTLR3を活性化すると予想した
ところが無菌マウス(無菌と称されるがウイルスなどを含めて一切の微生物を保有しない)における放射線誘導性crypt細胞死を調べたところ
enteric microbiologyを有する通常のマウスと差はなかった