毎年、24時間テレビが終わると
夏の終わりを感じて
少しおセンチになるさるじーです(´・ω・`)
ちなみに「こんにち波」は
最近気に入っている風男塾さんのあいさつ。
今までも
「メガネ属性」「うすい唇属性」
はありましたが、この歳になって
「男装属性」に目覚めるとは…。
人間、一寸先で何が起こるか分からんなー(*_*)
さて。
先日、宇多田ヒカルさんのお母さんで歌手の
藤圭子さんが亡くなりました。
宇多田さんは公式サイトでコメントを出されましたね。
その内容はここでは割愛しますが、
母親への愛と葛藤を、
自分の気持ちを飾らず、偽らず、取り乱さず、
世間に明かせる範囲で誠意を持って伝えている
…そんな印象を受けました。
不謹慎ではありますが、
宇多田さんの人柄が出た
素晴らしいコメントだなと思ったさるじーです。
この一連のニュースを読みながら、
さるじーは自分と母親の関係について考えていました。
宇多田さんのケースでは
お母さんがご病気だったということで
単純に「親子関係」でくくることはできませんが…。
心理カウンセリングでお悩みを聴くと、
大人になっても母親との関係に
悩んでいる方が意外と多いことに気づかされます。
さるじーも最近まで母親との関係に悩んでいました

母娘に限らずですが、
親に対してor子に対して悩みを抱えている場合、
その理由の多くは「期待感」にあるかもしれません。
血がつながっているが故に、
「親なんだから○○してくれるはず」
「子どもなんだから○○して当たり前」
…そんな、
血のつながりを理由にした期待感。
だからこそ、
それが思い通りにならなかった時の
失望も大きい。
特に、関係が深くなりがちな母と娘なら尚のこと。
「親子なのに、どうして!?」
そんな失望を繰り返すうちに
「怒り」や「あきらめ」の感情が湧いてきて、
やがて妙な距離感を感じるようになったりね。
さるじーも、以前は今以上に歪んでいまして。
母親の過去の言動に対して
「あの人があんなことを言ったから、私はこんな人間になった!ヽ(`Д´)ノ」
と、恨み節を抱いていたんです。
でも、そんなある日、
何気なく開いた本でこんな一文を読みました。
「母親と血がつながっていると言っても、たった半分。
残り半分は他人なんだから、相性が合わなくても当然」
あ、そっかΣ(゚д゚)
母親だからって、何から何まで気が合うことはないし、
お互いに思い通りにならないことがあっても、
それはフツーなのね(・∀・)
それに気づき、
「ま、しょーがない!」と割り切ると、
ずいぶん気持ちが軽くなりました。
そして、
新たに2つのことにも気づいたんです。
ひとつ。
私自身が、
母親と良好な関係が築けない⇒それは悪いこと⇒私はダメな人間
という思い込みを持っていたこと。
ふたつ。
失望は多かったけど、それだけじゃなかった。
母親と一緒にいて嬉しいことや楽しいことも確かにあったこと。
「私はダメな人間」という思い込みを作ったのも、
失望したイヤな記憶ばかりを選んで思い出していたのも、
どちらも自分。
無意識下とはいえ、
私は、自分で自分を攻撃して
辛い気持ちになっていたわけですね。
まさに、究極のドM!

うーん、歳を重ねるごとに
M度が増してきた気がするなあ( ̄∇ ̄+)
おっと、脱線しそうなので軌道修正っと(・・;)
もちろん、血のつながりは大事。
互いに助け合っていけたら、それはとても幸せなことです。
でも、そこに縛られ過ぎると、
いざ問題が起きた時に、
親子が「異なる考え方や感情をもつ個々の人間」
であることを忘れてしまいがち。
(俗にいう「依存」の状態ですね)
近いけど、自分とは違う存在。
でも…大事な人!
と、よい意味で割り切ることができたら、
相手に期待しすぎることもなくなるかもしれません。
あ、これは親子関係のみならず
恋人や親友との関係にも言えますね(´∀`)
それでも意見がぶつかってしまった時は。
「どうして分かってくれないの!?」
と嘆きや怒りを出す前に、
「どうしてそう思ったのか」
を相手に尋ねてみることをオススメします。
ものごとには理由があります。
大事な人だからこそ、
意見そのものだけでなく、
その意見に至った理由にも関心を持ってあげられたら…。
「修正不可能な関係」になる可能性は
限りなく低くなるんじゃないかな?
以上、
カラオケの十八番は「ドロロンえん魔くん」のさるじーでした(・ω・)/

とさせて頂いております。



















