前から行きたかったところ、
出雲大社に参拝してきました。
当日は天気にも恵まれ(暑いくらいでした)、さほど混雑もないなか駐車場にもスムーズに入れました。
出雲大社に到着する少し前に、旦那は「俺、後厄の年だから祈祷してもらっても良い?」と突然言いだしたので、私は「は?!」っとなってしまった。
以下 会話
違うよ? 今年は娘二人と私が方位よけの年だよ。だから厄除けのお守りを三人だけ授かったでしょ?
厄年は家族の誰もいないよ。
でもさっきネットで見たら今年は俺の生まれ年が後厄って。ほら
(とある神社のHPを差し出す)
もしかしたら神社によって違う数えをするかもしれないけど、ちょっとまって。
一般的な役年の数えと、考え方などを検索→結果、やはり旦那は厄では無い
それを伝えても旦那は納得しない
じゃあさ、出雲大社に着いたら祈祷受付に行って確認しようよ。
分かった。
なんか全然納得してない態度・・・
まぁ、厄年じゃなくてもお祓いはしても良いと思うよ。
という流れがありました。
そのとき私は少し不満に思うことがありました。
だってさ、娘達と私が方位よけの年だと言ってるのに、無反応。
また自分の事だけを前面に押し出しての会話。ここで一言「それならお前も一緒にお祓い受けたら?」とでも言えないのか?と腹が立った。
こっちは「気になるなら厄年じゃなくてもお祓い受けたら?」と気を遣ってるのに。
本当にいつまで経っても自己中。
思いやりなし。
そして結果から言えば、やぱり旦那は厄年じゃなかった。
それでも祈祷してもらいました。
私も一緒にご祈祷は受けられるので同行ですが、それだと名は挙げられません。お札も頂けません。
なので私の名前でもご祈祷を申し込みしました。もちろん独断ではありません、旦那も「せっかくだから」と言ってくれました。
出雲大社に来て、思いついたんですかね?
受付の方に「お札は一つにしますか?それぞれにしますか?」と聞かれ、私は即答「それぞれでお願いします!!」と答えました。同行者ではなく、当人としてご祈祷して頂くのですからね。
出雲大社の境内を散策しつつ、因幡の白うさきを探し歩き、かなり歩きました。とても楽しかったです。
大社の後は、参道のお土産屋さん通りを一周。
そして最後に出雲そばを堪能してきました。
機会があればまた行きたいですね。
大しめ縄を見てみたい。今回は見られませんでした。
いつも見られるのかと思ってましたが、本殿の様子はほぼ見えなかった。
解放日とあるのかな?
そうそう、御朱印はとてもシンプルで驚きました。
かなり派手な御朱印もあるなか、本来はこういうものなのだろうなと感じました。