サクラ、という木に花が付く季節らしい。

 

 

 

 

 

ショウは伸びをした。

座っている人間の動きに合わせて形が変わる椅子が後ろに傾く。

ちょとだけ椅子にしては高価だったが、疲れが全然違う。

代価を払っただけの価値はある、とショウは感じていた。

仕事が一段落付き、次の仕事が充てがわれるまでの時間。

何もしなければいけないことがなくなった。

そろそろ現在の研究の目処が立つ。

次に自らに課す研究テーマを見つけるべく。

膨大なデータベースの世界の中をあちこち彷徨ってみる。

 

春、という見慣れない語句に行き着いた。

特定の地域における、と、ある気象条件の時期のことらしい。

気温が低い時期が過ぎ、高い時期へと移り変わるその間の時期。

サクラ、という木に花が付く季節らしい。

 

大昔ごく一部の地域では。

屋外に出て、大勢で集まり。

サクラという木を囲んで飲食をしたと世俗の歴史データにあった。

 

サクラのデータをスクリーンに表示させる。

バラ科モモ亜科スモモ属の落葉樹の総称。

画一的なものではなかったということか。

特定の種ではなく、近縁種までもを同じサクラとして認識していたと?

面白い。

次の研究テーマは「サクラ」に決めた。

 

 

 

20XX年。

地球上で既知の病原体が変異によって致死率が20%を越えるものとなった。

潜伏期間の長さ、不顕性感染の多さから感染経路が遮断できず。

世界人口が急激に減少することとなった。

変異を重ねていくその病原体にはワクチンも治療薬も作れず。

人は手をこまねいて死者が増えていくのを数えるしかできなかった。

人類はその病原菌に対して、降伏せざるを得なくなった。

このままでは人類が滅亡するまで病原体は猛威をふるうだろう。

病原体をなんとかするのではなく。

自らの社会を変える方向へと舵を切った。

 

 

集団で一か所に集まり、共同で仕事を行う形態から在宅勤務への移行。

データ回線を利用した教育勤務システムの構築。

生産システムの無人化。

配送チューブの敷設。

 

それらの施策がその年からの数年間に一気に進められ。

人と人が直接面会する機会をなくす機運が高まった。

 

多少の市民の拒否反応はあったものの。

病原体には勝てず。

人との交流が減ったという変化にあっという間に慣れ。

それまでの生活水準が維持できるという条件のもと。

 

人々は新しい形式となった生活を受け入れることとなった。

 

それは数年かけて社会にシステムとして浸透し。

人々が徐々に慣れていった頃。

人の集団としては血縁による家族、という単位のみが残るだけとなった。