さくらいが結婚する、って噂が流れた。
相手は家庭科担当の若い先生。
学校近くのファミレスで一緒に食事してたとか。
さくらいが車の助手席にその先生を乗せて走ってたとか。
目撃情報も一緒にくっついて。
「さくらいさぁ・・・・結婚すんの?」
化学準備室。
パソコンの前で、補講用のプリントなのか?
教科書を横に置いて、なにやら入力してる。
画面をじっと見つめる横顔がよくって。
オイラはスケッチブックにさくらいの顔を映し出していった。
「あ?結婚?大野にまでそんなこと聞かれるとはな・・・
人のウワサ話なんて興味ないと思ってた」
苦笑っていうのか?
笑うって字は付くけどさ、苦笑って笑ってないよな。
オイラが今まで見たことない顔で。
スケッチブックのページをめくった。
一瞬で消えたその顔を思い出しながら、描いていく。
人のウワサなんて、普段、全然興味ない。
でも、さくらいのことだから。
自然と耳に入ってきた。
「他からも聞かれたんだ?」
「もう・・あちこちから。辟易するくらい。
おかげでここに引きこもりだ」
ふーん。それはオイラには好都合。
化学準備室にいる時間が増えたってことだもんな。
「ところで、大野は、いつ、化学部引退するつもりなんだ?
どうせ、科学展に何か出そう、なんて思ってないだろ?」
「科学展?そんなのオイラができるわけねーじゃん。
そういうのは、地学部か物理部か生物部に任しときなよ」
この4月にも、新入部員は入ってこなかった。
オイラが部活引退したら、化学部は廃部になる。
厳密には、何年かの猶予期間があるみたいだけど。
おかげで、化学準備室には、さくらいとオイラの二人きり。
「さくらい、口尖ってる。ご機嫌ナナメ?」
ついさっきまでは普通だったのに。
いつものようにさくらいは何も答えない。
「部活辞めたら、こんなことができなくなるじゃん」
眼鏡を外して、口唇を合わせた。