メールのやり取りで、いつも反省する事がある。


せいちゃんとは、ほぼ毎日のようにメールをする。

今日あった事、仕事の事。音楽や映画や本の事、洋服の事。家族や友人の事。お化けの話し…とか(笑)。
だけど、私は途中でプッツンと返信するのを辞めてしまうのです。


いや、もうやーめた っていう気持ちではないんです。返事を打ちながら、なかなか言葉が見つからなかったり、話題が尽きてしまったりして。


対して、彼は、私がどんなつまらないメールを送っても、必ず返事を返してくれます。例えば、「カラスと目が合った」とかでもね(笑)


なのに、私はプッツン終了してしまうのだから反省するのです。


会社の友人とかとのメールは、用件済んだら「じゃあね!」で区切りがつくけれど、終わりのないメールの会話は終わり時が分からないのです。


せいちゃんはそんな事気にしていないようだけど、私が彼の立場だったら少し嫌だなぁ(オイオイ)


なんとか頑張って、ちゃんと返事するようにしなくちゃ、です。
給料日前なので、ヒマはあるけど金がなく、一日読書して過ごしました。


先日『「少年A」14歳の肖像』を読んで、当時の事件を改めて振り返り、考えた。

内容は非常に衝撃的で、少年Aについて私が知り得なかった事が書かれていた。
本を読んだ日の夜、私は嫌な夢を見た。もうその夢は覚えていないけれど、それからここ数日まで、少年Aについて、そして人間について考え、そこには何があるのか分からない、深く真っ暗な闇を感じ、それが頭から離れなくなった。


関連本が多く出版されている中から、今日は『少年A 矯正2500日 全記録』を読んだ。


少年Aが犯罪に至る過程について、母親との親子関係が一つの要因とされている。

私の印象では、彼の母親はごくごく普通の母親であり、厳しい躾にしても度を超えたものとは思えない。
年子を産んだために、そんなつもりはなくとも結果的に長男を蔑ろにしてしまう事だって、子育て中のお母さんなら誰しも思い当たる事のように思える。


少なくとも幼少期は、おっぱいを飲ませたり、オムツを取り替えお風呂に入れたりして、普通に愛情を注いで彼を育てていたのだろうと私には思えた。

でも少年は母親から愛情を感じた事はなく、憎み続けるのだ。

「役割としての母親、役割としての子供」という彼の表現が印象に残る。



少年Aは小学生の頃から少し問題行動があり、中学に入ってからも母親は学校に何度となく呼び出されている。

呼び出された内容を考えても、普通なら母親は息子が他の子供と少し違う事に気付くハズだ。その頃から危険信号は出ていたのに、なぜ気付かなかったのか。あるいは気付かないフリをしていたのか。


母親は息子の事で頭を抱えたり、悩んだりしなかったのだろうか。


私はこの親子には、まだ誰も知らない(それは幼少期に)何かがあったのではないかと、勝手に憶測したりした。


母親の手記と被害者の方が書いた本も読んでみたいとは思うが・・・。


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先日のオークションは、私が時間ギリギリを狙って居眠りこいてる間に、なんと、終了時間前に出品者さんがオークション終了させてしまっていました。[完]
よっしゃ!

値下がりしたぜ。
オークションで、もう二週間くらいマークしてた服が破格になった。

絶対逃さないぞー。

あたしが落とす。
落としてみせる。


決戦の日は明日じゃ。

敵がいないといいなぁ。


すでにドキドキです。


でも、落としても多分着ない気がする。

まぁいい。
買って着ない。これ基本です(笑)



さて、結果はいかに!?