嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (文芸シリーズ)/米原 万里
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今は亡き米原万理さんの作品です。米原さんといえばロシア語通訳としてエリツィン大統領など大物も担当されたことのあるものすごい人物です。テレビでコメンテーターなどもされていましたので、お顔は知っていましたし、頭の良い人だな~と思っていましたが、著作を読むのはこれが初めてでした。ネットで調べてみると他にも色々エッセイや小説を書かれているのですね~興味津々です。

この作品では、米原さんが子供の頃に過ごした在プラハ・ソビエト学校時代の親友3人(ギリシャ人のリッツァ、ルーマニア人のアーニャ、ユーゴスラビア人のヤスミンカ)に焦点を当てて、当時の楽しいエピソードを描いています。また、ロシア専門家の米原さんらしく、ロシアの面白い諺を紹介してくれたり(冒頭にある「ただで貰った馬の歯を見るものではない」というのは興味深いです。詳しくは作品を読んでみてくださいね。)、東欧の民族や政治のことまで書いてくれています。当時、日本人の感覚で言うと、外国と言えばアメリカだったでしょう。冷戦時代でしたから、日本と同じ資本主義国は近い存在でも、ソ連や東欧などの社会主義国というのは何か得体の知れない謎の国という感覚でした。そういう謎の国に住んで学校に通ってルーマニア人やユーゴスラビア人の友人を持つというだけで、本当に貴重な体験です。このソビエト学校というのは、外国の共産党から赴任してきた家庭の子供達の通う学校で、授業は全てロシア語だそう。同じ社会主義国の中国からも多くの子供達が通っていたそうですが、1963年の部分的核実験停止条約を巡る中ソの意見対立から両国の間が急速に冷え込み、中国の子供達は一斉に退学していったそうです。そして、中国派とみなされた日本共産党とソ連との関係も悪化して。。。。。米原さん自身、学校でそれが原因のいじめなどなかったそうですが、それでもとても肩身の狭い、居づらい思いをしたといいます。人種差別とはちょっと違う、国家間の対立から来る差別。こういう体験は日本にいたらできないです。ソビエト学校ならではの貴重な体験です。

そういう貴重な体験を語ってくれるだけでも、読者にとっては興味深く、充分に面白いと思うのですが、それだけで終わっていないのがこの作品の凄いところ。ソ連崩壊、東欧の激動時代を経て消息不明となった彼女達を探し求めて、米原さん自ら現地まで飛び立つのです。そして、感動の再会を果たした彼女達の真実とは?

学生時代は最も誇り高いルーマニア人と思われていたアーニャがあっさり国を捨ててイギリス人と結婚し、90%以上イギリス人になってしまったことは驚きでした。そして、ルーマニア政府の幹部として特権を享受し豪華な生活を続けているアーニャの両親と対照的なヤスミンカの両親。ボスニア最後の大統領だったというヤスミンカの父親はいまだにサラエボにおり、空爆を避けるために地下室に暮らしているとか。ヤスミンカ自身も大統領だった父の特権を享受することもなく、普通の団地に家族とともに暮らしています。

ルーマニアのチャウシェスク政権が崩壊し、処刑されたのが1989年。このショッキングな出来事は日本でも大きく報道されました。「ルーマニアって共産国なのにチャウシェスクの独裁国家だったのね~共産主義って皆平等ってことだったんじゃないの?確か学校ではそう習ったような気がするけど???何だか気味の悪い人体実験やってたとかいう報道もあるし、おっそろしい国だわ~」などと子供心に思ったことを思い出します。また、ユーゴスラビアの民族紛争が勃発したのが1991年。日本でも連日のように激しい民族争いがテレビに映っていました。今回改めて地球儀を見たら、ユーゴスラビアという国はもうないのですね~ボスニアやセルビアなどいろいろに分かれてしまっています。日本にいると分かりませんが、民族間の帰属意識、対立は本当に根深いものがあるのでしょう。実はユダヤ人であったというアーニャ家族が、とても贅沢な暮らしをしているのに精神的には不幸せなのかな?と思われるところも、やはり明確な民族意識が持てなかった(アーニャの父親はユダヤ人であることを隠すために改名しています。)ことも影響しているのかな?と。それがコンプレックスになっているような気もします。

当時、日本でこんなにルーマニアやユーゴのことが報道されている中でも、トッコは結局、「遠い遠い謎の国で何だか恐ろしいことやってるみたい」、程度の感覚でしかなかったような?おそらく多くの日本人が同様の感覚だったのではないでしょうか?そういう意味でもこの米原さんの作品はとても意義深いし、ただ面白いだけで終わらないのですね。

米原さんは2006年にまだ56歳という若さで他界されてしましました。訃報を聞いた時はまだお若いのに何故?ととても驚きましたが、この作品を読んでみて、本当に惜しい方をなくしたのだな~と痛感します。もっともっとお元気で長生きして、面白い作品を書いて欲しかったです。