月曜日、3週間ぶりに新代田のご師範のHealingに行って参りました。


このところ、肩甲骨の可動域が広がってきて、マッサージ反応も早くなってきました。


体調の変化には、私の施術だけでなく、季節も大いに関係するのです。


またもう一つ。


80齢を過ぎた方々のお体に携わる事が多いのですが、思いもよらず回復される方が多いのに驚きます。


往々にして、その方の細胞力、生命力(精)等も要因にあるのですが、


お弟子さんを持つ方々、お仕事ではなくとも信念をもって一つの道を貫いていらっしゃる方は、


生きることにたいしての気構えが違う。


あらかじめ決めたいざという時の対処法を


いざ必要なときに実施するにあたって気後れしないように気を引き締めておられる。


明治の親に育てられた方々に見られる揺るがない美しさがある。


私はご年配の方のお話を聞くのがすきなのですが、私はそこに惹かれるのだろうなあと思うのです。


「臨終只今として」の、この気構えが揺らぐとき年齢のもつ細胞の老化が著しく始まる。


その反対に自分の信念に立ち返ることが出来た方は「更に寿命を賜る」事ができる。


ただ、生きる時間が延びるのではなく、自分の身体を自在に動かせる時間を有する。


それはターミナルケアに携わった時にも同じ事が生じました。


Healingに携わる際、一番大切にして注ぐものは、「Energie」でもなく「power」でもなく

生きたいと言う響きに「いかに己(こ)の魂魄を清く保てるか」を、のせて行くだけなのです。


これは、闘うと言う事なのです。それは病魔に対してではなく


「貪り、怒り、愚かに溺れる心」との真っ向勝負なのです。


おかしいと思うでしょうが、病魔は結果なのですから。

 

このことを教えてくださった方々との約束は、


私に時が来るその瞬間でも忘れないでいたいと思うのです。


私の元で学ばれた方々は、手技や、術や、虚栄心に翻弄されず、自身の劣等感に負けず、


体験や、経験した事が観念的ではなく、信念に成る努力を続けていただきたい。


そして私が大切にしている事の欠片を次に繋いで頂けたら嬉しい。