さくさく読書日記-おおきなかぶ、むずかしいアボカド

「村上ラジオ」という、anan連載中のエッセイをまとめたもの。

こちらのエッセイ、去年、10年ぶりに復活ということでファンの間では話題になりました。

大橋歩さんの版画もステキなんですよねー。

村上さんの小説はちょっとニガテ・・・という人にもとても読みやすく、面白いお話ばかり。

今回、単行本が貸本屋さんにあったので、早速借りてしまいました。




前書きの「10年ぶりに戻ってきて」というタイトルで書かれているのは、

自分の本職は小説家であり、エッセイは基本的に「ビール会社が作るウーロン茶」みたいなもの。

でも、世の中には、ビールがニガテでウーロン茶しか飲まないという人もたくさんいるし、

書くからには手を抜くことはできない。

いったん、ウーロン茶を作るからには、”日本でいちばんおいしいウーロン茶”を目指して作るというのは、

物書きとして当然の気構えである。

そうはいっても、このエッセイについてはわりと気楽に肩の力を抜いて書いた文章なので、

読者も方の力を抜いてわりに気楽に読んで欲しい・・・ということ。

うーん、「ビール会社が作るウーロン茶」という例えがいかにもハルキ風です。

でも、本当に、リラックスして読める内容で、読書リハビリ中の私にはもってこいの一冊でした。




どのお話も面白かったのはもちろんですが、特に心に残ったのが、

「ベネチアの小泉今日子」というタイトルのもの。

タイトルのインパクト大!!小泉今日子様は我々世代のスーパーアイドルだし・・・。

で、どういう内容かというと、随分前に、海外に住んでいたことがあり、日本から来る友人知人から、

日本で流行っている歌のカセットテープをもらうことが多かったそうなのですが、

ベネチアに滞在してたころ、たまたま小泉今日子のカセットテープをもらい、随分と聞き込んだというお話。

私がこうしてざっと書くと、随分うすっぺらい内容に思えるかもですが、これがなかなか奥の深い話で・・・。



本文転載させていただきます。



「この人生においてこれまで、本当に悲しい思いをしたことが何度かある。それを通過することによって、

体の仕組みがあちこちで変化してしまうくらいきつい出来事。言うまでもないことだけど、無傷で人生をくぐり抜けることなんて誰にもできない。

でもそのたびにそこには何か特別の音楽があった。というか、そのたびにその場所で、僕は何か特別の音楽を
必要としていたということになるのだろう。
ある時にはそれはマイルズ・デイヴィスのアルバムだったし、ある時にはブラームスのピアノ協奏曲だった。
またある時それは小泉今日子のカセットテープだった。音楽はそのときたまたまそこにあった。
僕はそれを無心に取り上げ、目に見えない衣として身にまとった。
人はときとして、抱え込んだ悲しみやつらさを音楽に付着させ、

自分自身がその重みでばらばらになってしまうのを防ごうとする。
音楽にはそういう実用の機能がそなわっている。
小説にもまた同じような機能がそなわっている。

心の痛みや悲しみは個人的な、孤立したものであるけれど、

同時にまたもっと深いところで誰かと担いあえるものであり、

共通の広い風景の中にそっと組み込んでいけるものなのだということを、
それは教えてくれる。
僕の書く文章がこの世界のどこかでそれと同じような役目を果たしてくれているといいんだけどと思います。
心からそう思う。」




・・・”体の仕組みがあちこちで変化してしまうくらいきつい出来事”ってすごい表現ですよね。

村上さんならでは・・・。

前にセーコちゃんコンサートに行ったとき、セーコちゃんも言っていたけど、音楽って、聴いた瞬間に、

それを聴いていた頃の自分に戻れてしまう・・・なんて言葉にピーンときてましたが、

この村上さんの音楽論もうんうんとうなづいてしまいます。

私は、最近、あんまり調子がよくなかったので、朝、通勤するとき、無意識に元気な曲や、

励まされるような曲を選んで聴いています。

というわけで、村上さんが言ってることって、そういうことなのかなーって思いました。

superflyの「RollinDays」と、Mr.Childrenの「終わりなき旅」はマストです。

前者は、もう、ガツンとした歌声を聴いただけで元気が出るし、後者は歌詞に励まされる。

”難しく考え出すと 結局全てが嫌になって そっとそっと逃げ出したくなるけど

高ければ高い壁の方が 登ったとき気持ちいいもんな まだ限界なんてみとめちゃいないさ”

というところは、もう聴くたびにジーンとなります。名曲です。

昔はこれが「説教臭い」なんて思ってましたが・・・。トシ取ったのかな、私・・・。

今の私は、村上さんの言うように、そばにある音楽を無心に取り上げ、目に見えない衣として

まとってるのだと思います。本能的な自己防衛手段って感じ。

また、久しぶりに聞く昔の歌でその頃の悩んでたことや楽しかったことなんかをふと思い出したり。

このお話を読んでから、自分がいかに音楽を心の支えにしてるのかに気付きます。

確かに、小説にもそういう側面はあるのかもしれないけど、私は圧倒的に音楽の方が多いかなー。



でも、この村上さんの文章は、間違いなく今後、何かあったときにすかさず思い出してしまいそうです。

心のメモに深く刻まれました。