ちょっと前の話しになりますが、瀬島龍三さん
、亡くなられたんですね・・・。
昭和の生き証人と言われた瀬島さん。
私が、瀬島さんを知ったのは、山崎豊子さんの「不毛地帯」を読んでから。
山崎豊子さんの作品には、必ず実在のモデルがいるそうなのですが、
「不毛地帯」の主人公のモデルとなった人こそ、瀬島龍三さんと言われています。
太平洋戦争で大本営参謀としてさまざまな作戦を担当し、
終戦間際の1945年7月に関東軍参謀となり、そのまま終戦を迎え、
ソ連軍との交渉に赴くも、シベリアへ11年も抑留されてしまいます。
その間、東京裁判へ証人として出廷するよう連合国側より命じられ、
ソ連側の証人として出廷もします。
シベリアでの命を削るような11年間の抑留を経て、帰還し、
かつての部下の就職の世話などをするのですが、本人も、
1958年に伊藤忠商事からお誘いがかかり、商社マンとしての人生を
歩み始めます。
参謀時代の経験を生かし、会長まで務めます。
その後、特別顧問に退き、中曽根政権のブレーンとして名を馳せます。
そのほか、亜細亜大学理事長なども務め、教育への造詣も
深かった方です。
瀬島さんについては、ノンフィクションでもいろいろな著書が出版されています。
それだけ、激動の時代をまさに生き抜いてきたと言っても過言ではないと
思います。
私は、「不毛地帯」を読んでその波乱万丈な人生を生き抜き、
後年の商社マンとしての成功、はたまた政治を左右するような
ブレーンという存在になった本当の姿を知りたいと思い、
瀬島さんの自伝「幾山河」も読んだりしました。
あまり、多くを語りたがらない方だと伺っておりましたが、
たまにテレビ出演などもされていて、シベリア抑留のことなど
お話されてたのを拝見したこともあります。
たぶん、当時の出来事で瀬島さんが墓場まで持っていかなければ
ならないような出来事も多々あったと思います。
それゆえ、瀬島さんに対して「本当のことを話さない」と、
批判的な意見も多かったようです。
でも、当時の軍の機密情報や、シベリアにいた頃のソ連軍のあざとさなどなど
いろいろ、後世に残して欲しいお話を、もっといっぱいして欲しかったです。
改めて、ご冥福をお祈りいたします。