今日、東京中小企業家同友会板橋支部の10月ランチ例会で、「陸前高田の語り部から考える地域活動の大切さ」というテーマで、一般社団法人陸前高田被災地語り部くぎこ屋の釘子明氏の話を聞きました。

 

釘子さんは、陸前高田で実際に被災され、その後高田第一中学校避難所の実務トップとして1000人の避難者が数ヶ月生活した避難所を運営されました。

 

特に印象に残ったコメントを紹介します。

 

この津波で助かった人は、ハザードマップで浸水地域にいた人達であり、亡くなった方は、ハザードマップで浸水地域外にいた人達であり、津波が来ないと思って逃げ遅れた。

 

ノートパソコンを持ったスタッフがいたので、避難者の名簿を作成した。記載内容は、名前と年齢と職業。

 

この避難者名簿をNHKラジオで発表したことで、マスコミの取材が殺到し、物資も豊富に来た。

 

職業を書いてもらったことが、避難所での役割分担をお願いする時に役立った。

 

マスコミが殺到したため、報道規制を行い、避難所の状況を逐次プレス・リリースし、1日に3回20分記者会見することとした。

 

1000人いる避難所に水が2000リットルしかなかった。そこで水洗トイレで水使用禁止令を出した。

 

1人1日紙コップ1杯の水を配布した。どうして1杯しか配布出来ないかを伝えた。

 

被災当初は、トイレは、校庭に穴を開けて2枚板を敷いて8つのトイレを作った。

 

数日で48の仮設トイレが設営されたが、3日で一杯になった。

 

仮設トイレは、和式であり、使い方を知らない、あるいは使えない子供もいた。

 

避難所は、本来体育館のみだったが、校長の許可を得て、全ての教室も使わせてもらった。

 

体育館は、地域毎に小分けした。知っている人が近くにいた方が、お互いに協力しあえる。

 

食料倉庫は、目張りして、外から在庫が見えないようにした。食料が底をつきそうになるのが見えるとパニックになる恐れがあったため。

 

全員に同じ食料を配ることが出来ない。不平が生まれることを防ぐため、高齢者、子供など、避難者を小分けすることで、不平が生まれないよう工夫した。

 

ずぶ濡れの人は、ジャージを配布し、着替えてもらった。濡れていると低体温症になり生命の危機さえありうる。

 

サランラップがとても役立った。新聞紙を体にまいてサランラップを巻くと保温にもなるし、包帯代わりにもなる。

 

避難所では、女性の意見を取り入れ、女性の力を借りることが大切である。

 

避難者の中に、インフルエンザの患者がいたので、隔離室を3部屋確保し、症状別に分別隔離した。

 

洗濯干し室は、男性用と女性用で分けた。

 

子供に毎朝ラジオ体操をやってもらった。子供からおじいさん、おばあさん、そして親世代と広がり、多くの人がやるようになった。体を動かすこと、生活のリズムを作ることが避難所生活ではとても大切だ。

 

などなど、他にも多数参考になるコメントがあった。

 

最後に、『避難所がどこか確認しに行ったことがある人?』との質問に、ほとんど全員が手をあげず、東京の人達は、防災に関心はあるけれどそれほど危機感は持っていないことが見透かされた感じがした。