留学のはなし その1
※2003年-2004年、南フランス・モンペリエに留学しておりました。
この文章は、その昔・・・まだ将来よもやフランス人と結婚するなど全く思いもしない頃に書いた留学の話をこちらのブログにほぼそのまま転記したものです。
後期
後期の語学の授業は、あまり思い出したくない。
行き詰まって落ち込んで、しょっちゅうメソメソしてたし、短期間とはいえ、登校拒否気味だった。
原因はそもそも学習目標を定められなくなったこと。
言われてることはなんとなく分かるようになってきたし、文法も一通りやって、自分が何が分かってないのか分からなくなった。
語学って、最終的には語彙の問題だけれども、「語彙を増やす」では漠然としすぎてどこから手を付けていいのか…。
本を読んだり、CDをきいたり、テレビを見たり、人と話したり。
自分は頑張ってるつもりでも、学校へ行くと次から次へと知らない言葉が出てくる。
すべてを覚えるのは不可能である。
留学に目標が必要、と言われる所以だろう。
たとえば、現地の大学へ入りたいとか、DELFを取りたいとか、
具体的なものがあればそれに向けて頑張ればいい。
しかし、それがなくて語学だけやっていると、迷った時にズシンと来るのだ。
それに加えて、文法の先生の授業と相性が悪かった。
小テストはケアレスミスを厳しく採点されていつも1桁。
加算方ではなく減点法で間違った数で点をつけられるためである。
思い余って寮のマダムに相談したが、特にどこが分からないという訳ではないので、アドバイスは
「テストの時、もっと落ち着いて何度も見直した方がいいわよ」だった。
(前期の先生は、小さな間違いなら「C’est pas grave!たいしたことじゃないよ」と見逃してくれていた。甘やかされてたからなあ・・・)
追い討ちをかけたのが、ディスカッションである。
主題は、グループで物語を作って発表したり、映画を見て意見を述べたり色々だったが、私を最も苦しめたのは
「映画・ディープインパクトのように大災害が起こることを想定して、種の保存のためにシェルターを作ろう計画」
だった。
つまり、その計画の創案者になったつもりで、どんな条件でシェルターに入る人を選ぶか(全員は入れない)、その中に何を造るか、どのようなエネルギー源を使って生き延びるかなどを、災害後の自然条件を考えて話し合いなさい、というものだ。
なんだそりゃ。
エネルギーとか言われても、水力発電やら風力発電やら、そんな単語は知らない。
しかも、私はそこまでして生き残りたいと思わないので議題自体どうでもいい。
日本語ですら考えられないものをフランス語で考えるのは不可能である。
加えて、クラスメイトとの意志の疎通も上手くいかなかった。
こうなるともう救いはない。
しばらくは頑張ったが、在る時ついに限界が来て、授業に出るのをやめた。
ツライだけで身にならないならやらない方がましである。
・・・ディスカッションが終わる頃には復帰したけれども。
何てまじめな私(笑)。
後期で楽しかったのは、オプションの授業だ。
私は演劇と文学を取った。
あと、映画の授業にたまにもぐったりした。
文学は前期の美術史の如くあんまり意味がわからなかったが、先生がハイテンションで、解かる時は楽しかった。
そして、演劇は本当にためになった。
グループごとに寸劇を与えられて、演出・設定を考えながら演技するのだが、当然すべてフランス語だ。
フランス語で怒ったり、悲しんだり、感情を入れるのは難しい。
ちなみに私はベトナム人の女の子と組んだ。
役名はシルヴィ。
2人1役で鏡に映った自分を見ているという設定でセリフはすべてシルヴィの独白である。
内容はこんなの:
シルヴィは冴えない女の子で、
でも何とかきれいになろうと日々努力をしている。
しかし、ある朝鏡に映った自分の姿をみて、ついにキレる。
どうせ私にはなんのとりえもない。
しょっちゅう誰かに似てるって言われるし、誰も私の名を呼ばない。
お化粧したり、毛を剃ったり抜いたり(!?)
スタイルを良く見せるために下着だって買った。
つらいダイエットだってしたのに、
りんごだって、葡萄の種でだって太るの!
もういや!やってらんない!なにさー!!
コメディな内容だが、言ってることはすごい。
実に楽しく演じさせていただいた。
最後のセリフは日本語訳よりずっとお行儀の悪い言葉なので、人前で叫ぶなんて普通はできない。
しかもこの頃かなり体重がキテたので、我ながら熱演だったと思う。
おかげで苦手な“R”も何とか克服できた気がする。
はじめは先生に何言ってるかわかんないと言われたので、寮の友人を発音練習に付き合わせた。
彼女は台本を見てケタケタ笑っていたが、いざ練習となると厳しい指導だ。ありがたや。
おかげさまで、私は演劇発表会兼テストを無事乗り切ることができた。
と、いうわけで超ギリギリだったものの、迷走したわりに後期のテストもなんとかクリア。
もしフランスに残ってたら上のレベルに進めたけれど、ついていくのは無理だっただろうな。
あはは。
実は、語学、向いてないんだよねー・・・。
こんな私に、よかったら応援のワンクリック、よろしくお願いします!↓

にほんブログ村
※2003年-2004年、南フランス・モンペリエに留学しておりました。
この文章は、その昔・・・まだ将来よもやフランス人と結婚するなど全く思いもしない頃に書いた留学の話をこちらのブログにほぼそのまま転記したものです。
後期
後期の語学の授業は、あまり思い出したくない。
行き詰まって落ち込んで、しょっちゅうメソメソしてたし、短期間とはいえ、登校拒否気味だった。
原因はそもそも学習目標を定められなくなったこと。
言われてることはなんとなく分かるようになってきたし、文法も一通りやって、自分が何が分かってないのか分からなくなった。
語学って、最終的には語彙の問題だけれども、「語彙を増やす」では漠然としすぎてどこから手を付けていいのか…。
本を読んだり、CDをきいたり、テレビを見たり、人と話したり。
自分は頑張ってるつもりでも、学校へ行くと次から次へと知らない言葉が出てくる。
すべてを覚えるのは不可能である。
留学に目標が必要、と言われる所以だろう。
たとえば、現地の大学へ入りたいとか、DELFを取りたいとか、
具体的なものがあればそれに向けて頑張ればいい。
しかし、それがなくて語学だけやっていると、迷った時にズシンと来るのだ。
それに加えて、文法の先生の授業と相性が悪かった。
小テストはケアレスミスを厳しく採点されていつも1桁。
加算方ではなく減点法で間違った数で点をつけられるためである。
思い余って寮のマダムに相談したが、特にどこが分からないという訳ではないので、アドバイスは
「テストの時、もっと落ち着いて何度も見直した方がいいわよ」だった。
(前期の先生は、小さな間違いなら「C’est pas grave!たいしたことじゃないよ」と見逃してくれていた。甘やかされてたからなあ・・・)
追い討ちをかけたのが、ディスカッションである。
主題は、グループで物語を作って発表したり、映画を見て意見を述べたり色々だったが、私を最も苦しめたのは
「映画・ディープインパクトのように大災害が起こることを想定して、種の保存のためにシェルターを作ろう計画」
だった。
つまり、その計画の創案者になったつもりで、どんな条件でシェルターに入る人を選ぶか(全員は入れない)、その中に何を造るか、どのようなエネルギー源を使って生き延びるかなどを、災害後の自然条件を考えて話し合いなさい、というものだ。
なんだそりゃ。
エネルギーとか言われても、水力発電やら風力発電やら、そんな単語は知らない。
しかも、私はそこまでして生き残りたいと思わないので議題自体どうでもいい。
日本語ですら考えられないものをフランス語で考えるのは不可能である。
加えて、クラスメイトとの意志の疎通も上手くいかなかった。
こうなるともう救いはない。
しばらくは頑張ったが、在る時ついに限界が来て、授業に出るのをやめた。
ツライだけで身にならないならやらない方がましである。
・・・ディスカッションが終わる頃には復帰したけれども。
何てまじめな私(笑)。
後期で楽しかったのは、オプションの授業だ。
私は演劇と文学を取った。
あと、映画の授業にたまにもぐったりした。
文学は前期の美術史の如くあんまり意味がわからなかったが、先生がハイテンションで、解かる時は楽しかった。
そして、演劇は本当にためになった。
グループごとに寸劇を与えられて、演出・設定を考えながら演技するのだが、当然すべてフランス語だ。
フランス語で怒ったり、悲しんだり、感情を入れるのは難しい。
ちなみに私はベトナム人の女の子と組んだ。
役名はシルヴィ。
2人1役で鏡に映った自分を見ているという設定でセリフはすべてシルヴィの独白である。
内容はこんなの:
シルヴィは冴えない女の子で、
でも何とかきれいになろうと日々努力をしている。
しかし、ある朝鏡に映った自分の姿をみて、ついにキレる。
どうせ私にはなんのとりえもない。
しょっちゅう誰かに似てるって言われるし、誰も私の名を呼ばない。
お化粧したり、毛を剃ったり抜いたり(!?)
スタイルを良く見せるために下着だって買った。
つらいダイエットだってしたのに、
りんごだって、葡萄の種でだって太るの!
もういや!やってらんない!なにさー!!
コメディな内容だが、言ってることはすごい。
実に楽しく演じさせていただいた。
最後のセリフは日本語訳よりずっとお行儀の悪い言葉なので、人前で叫ぶなんて普通はできない。
しかもこの頃かなり体重がキテたので、我ながら熱演だったと思う。
おかげで苦手な“R”も何とか克服できた気がする。
はじめは先生に何言ってるかわかんないと言われたので、寮の友人を発音練習に付き合わせた。
彼女は台本を見てケタケタ笑っていたが、いざ練習となると厳しい指導だ。ありがたや。
おかげさまで、私は演劇発表会兼テストを無事乗り切ることができた。
と、いうわけで超ギリギリだったものの、迷走したわりに後期のテストもなんとかクリア。
もしフランスに残ってたら上のレベルに進めたけれど、ついていくのは無理だっただろうな。
あはは。
実は、語学、向いてないんだよねー・・・。
こんな私に、よかったら応援のワンクリック、よろしくお願いします!↓
にほんブログ村