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しかし、老人はいつも海を女性と考えていた。それは大きな恵みを、ときには与え、ときにはお預けにするなにものかだ。たと荒々しくふるまい、禍いをもたらすことがあったにしても、それは海みずからどうにもしようのないことじゃないか。月が海を支配しているんだ、それが人間の女たちを支配するように。老人はそう考えている。
これはアーネスト・ヘミングウェイ「老人と海」の一部を抄録したものだけれど、文学史に残る天才的な一節だと個人的に思っている。
具体的にどの部分が天才的なのかといえば、最後の2文。つまり
月が海を支配しているんだ、それが人間の女たちを支配するように。老人はそう考えている。
の部分。
一部の記事では「名言」といって前半部分しか採録していないものもあるようだが、かなりもったいない。
なぜなら最後の2文があってはじめて、アーネスト・ヘミングウェイの天才っぷりが見て取れるからである。
ちょっと解説する。
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最初の長い文章を4つの文意に分けるとおおよそ以下のようになる。
- 海は恵みを与えてくれる時もあれば、荒々しく振る舞うときもある。
- それは海みずからはどうしようもないことである。
- なぜなら海は月に支配されているからだ。
- このように考えると海は女性である。
海は月の万有引力に支配されて、満ち引きを繰り返す。それが巡り巡って高潮になったり、逆に穏やかになったりする。つまり荒々しくなったり、逆に恵みを与えてくれたりする。
1~3を要約するとこんな感じかな。じゃあ4はどういう意味だろう。
答えは多分こういうことだ。
女性は定期的に月経、つまりは生理を迎える。生理中はイライラして強く当たってくることもあるけれど、それ以外の時は比較的おだやかになる。
そして生理(月経)は月が満ちては欠ける周期(約29.5日)ごとにやってくる。その意味で女性は月に支配されていると言うことができる。
だから1~4をまとめると、、、
海も女性も、荒々しくなる時もあれば穏やかになるときもある。そしてそれがどちらも月に支配されて起こる現象である。
ということだ。
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これほど詩的で知的な考え方が「海は女性」という短い言葉の中に詰まっている。
もうこれだけでヘミングウェイがどれほどポエマーで高IQかということがお分かりいただけるだろう。
1954年のノーベル文学賞を『老人と海』が受賞したことに「アメリカ文学界へのひいきだ」などと批判を浴びせる人もいるが、彼らはもっと真面目に本を読むべきである。
これほど含蓄のある作品を描ける人物をヘミングウェイのほかに僕は知らない。