オッス、オラアル中!


テッレレ、テテーテテ、テッテテ〜レレ〜!

デェェェン…


虫の話をする。画像も載せる。

あと重い話もする。


精神的余裕のない戦闘力たったの5くらいの人間は今すぐ帰るんだなァ!



さて本題だ。

ナナフシモドキを知っているだろうか。


「ナナフシは知ってるけど…」

と思ったそこのお前!


…それがナナフシモドキだ。



世の中「〇〇モドキ」って名前が付くのは元となる〇〇があるだろう。

ナナフシモドキは代表種なのにモドキなのだ。

元々七節の木の枝に似ているから、「木の枝モドキ」みたいな感じで名前がつけられたようだ。



さて、そのナナフシモドキだが、そろそろ画像を載せよう。



覚悟はいいか?






 


かわいい〜!

ちょっと背景と同化しててよくわかんないけど〜!




さてこのナナフシモドキは、「単為生殖で増える」という特徴がある。


単為生殖とはオスがいなくとも、メスだけで卵を産める種類の生き物だ。


単為生殖にはリスクがあり、メスの遺伝子をそのまま引き継ぐため、遺伝的多様性がない。

病気や環境変化に弱いということだ。


そのため、「単為生殖もできるけど、基本的には有性生殖を行う」ものが多い。


みなさん大嫌いな黒光りする「G」の頭文字を持つアレもそのタイプだ。



あと面白いのは「ミステリークレイフィッシュ」という生き物で、こいつも単為生殖のみでオスは生まれない。だが、遺伝子が2対ではなく3対あるらしい。

話が逸れてしまうので詳しくは自分で調べてみてほしい。興味がなくとも。



さて、話を戻すが、ナナフシモドキは単為生殖だが「極めて稀に」オスが生まれる。


どれくらい稀かというと、国内でまだオスは十数例しか確認されてないらしい。



そして、オスの遺伝子を引き継げない。

精細胞を溜めたり取り込む器官が退化しているらしい。


クモなどの中には一度交尾したら一生そのオスとの卵を産めるやつもいる。


なのにナナフシはオスと交尾しても単為生殖しちゃう。


…え?

ナナフシのオス…何で生まれるん??


分かんねーのである。

もはやバグで生まれてるのかもしれん。(虫だけに)



さて、ここからは哲学だ。


生きる価値ってなんだ?


ナナフシモドキのオスは明らかに遺伝的には不要の存在だ。


遺伝子を残せないということ。

僕は時々それが怖い。


自分の生きた意味をこの世界に残せない気がする。 

ずっとそんな気がしてきた。


まぁ、親との関係が上手くいってない僕は子どもを育てることの方が怖いわけで、「そういうこと」はできてもやらないことにしているのだけど。 

いや機会はないですごめんなさい虚勢をはりました。

 


だってさ…。

アル中のおっさんが子どもを幸せにしてやれるか?

虐待とかするくらいなら産まなきゃいいだろって思うわけですよ…。

産んでくれとも頼まれてない。



そこでナナフシのオスに思いを馳せる。


メスに生まれていたなら卵も産めたかもしれないのに、交尾しても遺伝子を残せないのに、ナナフシのオスは生きる。 

ナナフシ社会では不要の存在も、懸命に生きている。 

ナナフシのオスが幸せかどうかなんて、僕には分からない。



人間社会で不要の存在のアル中のおっさんも、生きていいのかもしれない。


飯が美味いとか、景色がいいねとか、訳もなく左右に揺れていても、いいのかもしれない。


生まれたんだから。

幸せに生きていいのかもしれない。


そう思わないか。

生きる価値は、幸福は、社会に決めさせなくていいんじゃないか?


他人の幸せを喜び、不幸と知れば共に悩む。

それができるのが人間の良さでもある。


だが、他人には決めさせなくていいんじゃないか?

生きてていいんじゃないか?

そう思ったのでした。


以上、虫ケラでした。