隣の芝生は青くみえるという心理に関する
豆知識
他にも言い回しはあります
類義語として以下がありました
隣の花は赤い
「隣の花は赤い」は「他人のものが良く見える」ことを表していることわざです。「人の花は赤い」と表現することもあります。
無いものねだり
「無いものねだり」は漢字で「無物強請」と書きます。「無いものを欲しがる、実現できないことを無理に望む」ことを
意味する言葉です。
隣の糂粏味噌(となりのじんだみそ)
「糂粏味噌」とはぬかみそのことです。「隣の糂粏味噌」とは、「隣のぬかみその方が香ばしくおいしいと感じられるように、よそのものは良く見えること」を表しています。
同じぬかみそでも隣家のものの方がおいしいと感じるのは、本当においしい可能性もありますが、
自分の家のぬかみその味に慣れてしまっているだけ
という可能性も考えられますね。
花で例えるの面白いですよね
自分の庭の花が白で、隣の庭の花は赤っておもったら
別の花だろうっておもえるし。
いちいち比較しないでいいよって
意味にもなりますからね
味噌も面白いな
なれた価値と新しい価値を
考えましょうって。
対義語としてはこちら
吾が仏尊し(あがほとけとうとし)
「吾が仏尊し」とは、自分の信じるものだけが尊いとする考えのこと。
一般的に、それ以外を認めない狭い心、
という悪い意味で使われることが多いです。
「我が家の仏尊し」ともいいます。
隣の白飯より内の粟飯(あわめし)
「隣の白飯より内の粟飯」とは隣の家で白飯を食べるより、
自分の家で粟飯を食べる方が気を遣うことがないという意味
を持つことわざです。
そこから、他人の世話を受けるのは気苦労が多いと言う意味を表します。
他人の飯には骨がある
おいしいごはんでも他人の家で過ごすのは気苦労も多く、冷たい仕打ちを受けることもあることを意味することわざです。
「他人の飯には刺(とげ)がある」ともいいます。
自分の芝生は青さをあえて見せない
謙虚さは元来あったけど、
インターネットによって
ちょっと変わってきましたよね
SNSでのリア充を広げたり
ぐるりと回って
そしてまたそうゆ謙虚が必要って
気づいているのが今かなーと。