Facebookの聖書研究同好会で、
「性的少数者は救われるのか?」というテーマで盛り上がりました。

その討論がきっかけとなって、
「ダブルハッピネス」という、
性同一性症候群の人が書いた本を読んだのですが、
とっても面白かったです。

特に、著者の考えた理論の、
性別には「体の性別」「心の性別」「恋愛対象」
の3つがあり、
それぞれ、男性・女性・両方の3種類がある。
この組み合わせで性別が決定するため、
3*3*3=27種類の性別がある・・・
というのが面白かったな。

これに私の理論を追加すると、
「体の性別」は人(両親)の責任、
「心の性別」は神の責任、
「恋愛対象」は嗜好の問題と考えると、
性的少数派の方々の存在を認めることが、
神が完全であることを否定することにはならないという

結論に至りました。


ちょうどこんな本を読んでいたときに、
「風男塾」というグループを知ったのですが、
彼ら(彼女ら)は別に病気ではなさそうです(笑)

女装する男性は気持ち悪いが、
男装する女性はかっこいい・・・と思うのは私だけじゃないはずだ。

ハマりまくって、ついさっきAmazonで写真集をポチってしまった。
CDアルバムが発売されたら、きっと買ってしまうに違いない。
またオクチャマに怒られるな(^^;;;;;;;;;;;;;;;

WiMAXがこの前20時間ほど使えなくなった理由
が判明したそうだ。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1109/26/news064.html

こういうバグって見つけるの大変なんだろうな。
WiMAX人気に陰りが生じるのでは?
とちょっと心配になったが、原因がバグだと
わかったのなら、近々に対処してくれるだろう。

WiMAX, EMobile, Xiと、
高速無線通信サービスが、今後どんどん
はやっていくと予想しています。

私は、早々にWiMAX2という次世代仕様のテストを
やってみせたWiMAXが勝利すると思っているのですが、
こればっかりは、わかりませんな。

都営地下鉄の中でも使えるようにしてくれた
みたいなので、さらに東京メトロでも使えるように
して欲しいっす。

3つのサービスの比較は↓このへんに書いてあったので、
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/trend/20110208/1030079/?P=1
興味のある方は読んでみてください。

これを読んで、DocomoのXi(クロッシィ)は、
コケる可能性大だな・・・と思いました。
仏教って、どんな宗教なのか調べたので、

簡単にまとめると・・・・

悪いことをした人間(煩悩を捨てきれなかった人間は)

また生まれ変わるのだそうだ(輪廻転生)

あまりにひどいことをすると、

人間ではないものに生まれ変わるらしい・・・

そんでもって、完全に煩悩を捨て去ることができると、

彼岸を渡って、「無」になれるんだそうだ。

いわゆる「成仏」ってやつだな。

「無」の世界は、苦しみもない代わり、

喜びもない。

意識もない。

この世で学んだことも、すべて消え去ってしまう。

それが「無」なのだそうだ。

人生に苦しんでいる人間には、この「無」の状態は

すばらしい状態に思えるのだろう。


わたしは、やっぱり私の教会の教えが好きだな。

人生は苦しいことばかりだけど、

それを乗り越える力を、神様は与えてくれる。

そして、最後まで耐え忍んだ人は、

天国に行けるんだ。


いいじゃん、いいじゃん(^^)v





私は、子供のころから、

なんとなくだったけど、

悪いことをしないで、正直に、

まっすぐ生きている人は、

みんな死んだら天国に行くんだと思っていた・・・

だから、25歳の時に、この教会と出会って、

実は、それだけでは天国には行けないことを知った時は、

ちょっとショックを受けました。



どんなに素晴らしい人も、

どんなに正直な人も、

しかるべき儀式を受けないと、

天国には行けないんだそうだ。



さらに、バプテスマ(洗礼)の儀式を受けて、教会に入り、

教会のことをいろいろ勉強していたら、

実はバプテスマを受けただけでも、

まだ足りないことがわかった。




公言してはいけないと言われているから、

あまり詳しくは書けないけど、


人間は死んだあと、

白い幕を境に、天使(?)と、

特別な握り方の握手をし、

天使の質問に正しく答えられないと、

天国には行けないらしい・・・



エンダウメントという儀式を受けると、

そのやり方と答えを教えてもらうことができた。



でも、時間がたつとわすれちゃいそうだから、

定期的に神殿に入って、

身代わりの儀式を受けて、

そのやり方と答えを復習してます。



もちろん、正直に、まっすぐ生きてなければ、

いくら儀式を受けて、その方法や答えを知っていても、

天国はいごごちのいい場所にはならないんだろうなぁ・・・




このブログを読んで、なんか気になった人は、

最寄りの末日聖徒イエス・キリスト教会を探して門をたたくか、

http://www.ldschurch.jp にアクセスして詳しく調べてみてください。

今日のところは、このへんで。




























教会にHighな状態のまま通い続けていたら、
今度は鬱の周期に突入し、寝たきり状態になってしまいました。

当時は自分が病気であるとは考えられず、
なんか何もやる気が出ない・・・
食欲もない・・・
大学なんか行きたくない・・・
と何もかもが嫌になってしまった自分を責めていました。

大学を2週間ほど休んでたら、
実家に連絡が行ったらしく、
両親が私のアパートまでやってきて、
東北大学病院の精神科に連れて行かれたました。
そこで初めて、自分が躁鬱病であると診断されたわけです。

そう状態になっても、暴力をふるうようなことはなかったため、
入院を免れて自宅療養することになりました。
普通の状態に戻るまで1年近くかかりましたが、
ようやく大学に戻り、なんとか修士論文も書き上げることができました。

入社を条件に富士ゼロックスから奨学金をもらっていたのですが、
両親からの依頼と、自分の病気は完治することはなく、
一生この病気と付き合っていかなければならないことを考えて、
地元仙台の松下通信仙台研究所に就職しました。

松下では、主に欧州向け携帯電話(GSM)のソフトウェア開発の仕事に従事しました。
どこの会社でも同じようでしが、携帯電話部門はものすごい忙しい部署でした。
何度会社で朝日を見たかは、数えきれない程忙しかったです。

私の病気は、睡眠不足や不規則な生活によって発症するらしく、
会社にいるときにも、何度か軽い躁鬱状態は繰り返していたのですが、
36歳になったとき、会社でフィンランドの出張メンバーを選抜するために
TOEICを受けたのがきっかけで、かなり重度の躁鬱状態になってしまいました。

仕事ができなくなり、会社を3ヶ月以上も休んだ結果、
私が出した結論は「転職」という選択でした。

ちょうどその時、教会の東京管理本部のSEの求人を見つけ、
試験と面接を受けたところ、管理本部の情報システム課に採用されました。
とうとう10年間勤めた松下を退社して、上京することになったわけです。

仙台には3000万もかけて30年ローンで購入した一戸建てもあり、
両親にはものすごく反対されましたが、妻は転職に賛成してくれたこともあり、
迷いはありませんでした。

それにともない、バプテスマを受けた思い入れのある仙台の上杉ワード(旧青葉W)から、
埼玉県の越谷ワードに転入しました。

しかし、管理本部の仕事も、規則正しい生活をおくることのできない、
残業や早出の仕事がたくさんある職場でした。
さらに越谷ワードでビショップに召されたために、
がんばらねばという思いが増大し、またまた躁状態になってしまいました。

躁のあとには必ず鬱があり、今回は躁状態がけっこう激しかったせいか、
その後の鬱状態もかなり症状が重く、人生初の精神科病棟への入院を経験することになってしまいました。
半死半生の状態で入院したため、しばらくは食事ものどを通らない状態でしたが、
わたしに一番合う抗鬱剤である「アナフラニール」というお薬は、
錠剤だけでなく点滴もできるというめずらしい薬だったため、
1ヶ月間点滴を続けていたら、あっというまに正常状態に回復しました。

というわけで、ちょうど一ケ月で退院し、職場復帰したのですが、
残念ながら、管理本部で働き続けることはかなり困難なようでした。

私自身は、転職自体はあまり好きではないのですが、
せっかく入社した管理本部を3年で転職しなければならない状況になってしまいました。

しかし、これは什分の一をきちんと納めている祝福以外の何物でもないと思うのですが、
私が転職しなければない状況に陥った時、すぐに次の職場が見つかっています。

このときも、ネットでちょっと検索して、今現在勤めている「フォレックス株式会社」
という会社を見つけたのですが、履歴書を送ったらすぐ返事が来て、
予想以上に良い就労条件で採用してもらえました。

神様が導いてくれた会社が、今の会社なのかどうかは、
定年までこの会社に勤めあげなければわかりませんが、
入社して5年たった今も、躁鬱病は発症してません。

まあ、軽い躁状態や軽い鬱状態はあるのですが、
薬さえ飲んでいれば、社会生活に支障がない程度で済んでます。

また、病気のために2回も転職を余儀なくされたのに、
自分にとって、より理想的な会社に転職できた経験から、
「また発病したらどうしよう・・・」という不安がなくなりました。

長い人生、今後もいろんな試練があるかもしれないけど、
信仰を持ち続けてさえいれば、必ずなんとかなるという証を持つことができました。





長くなってしまいましたが、
私と同じような病気で苦しんでいる人が、
このブログを見て少しでも励まされればと思い、
思い切ってネットに公開することにしました。

すべてを、主イエス・キリストの御名によって・・・・アーメン


Robertさんに、どうすればモルモンになれるかを聞いたところ、
バプテスマという水に沈められる儀式をする必要があるとのことでした。

「思い立ったが吉日」とばかりに、
アメリカの教会で儀式を受けたいと話したところ、
君は日本人だがら日本の教会でバプテスマを受けた方が良いと言われました。
彼は、日本の伝道部の住所一覧を持ってきて、
私の家に一番近いところはどこかを調べた結果、
仙台伝道部の住所と電話番号を教えてくれました。

さて、日本に帰国後、早速仙台伝道部に電話し、
私の家に一番近い教会はどこかを訪ね、
それが青葉ワードというところだということと、
教会の電話番号を教えてもらいました。

すぐに教会に電話した時の、宣教師と私の会話。
私:「もしもし、こちらはモルモン教会で間違いないですか?」
宣教師:「ハイ、マチガイアリマセン」
私:「バプテスマを受けたいのですが、今からそちらに伺ってよいでしょうか?」
宣教師:「エッ?」
私:「教会の場所は地図で調べたのでわかりますけど・・・」
宣教師:「とりあえず、これからバスケットボールをやる計画があるので、**市民センターまで来てもらえますか?」
私:「わかりました」

すぐに市民センターに向かい、
そこできれいなブロンドヘアのペリトン長老と初の対面を果たしました。
ペリトン長老に、どうすればバプテスマが受けられるか聞いたところ、
明日の日曜日に教会に来てほしいとのことでした。

さて、次の日曜日の9時に教会に向かい、
そこでペリトン長老からレッスンを受けました。
あとから聞いた話だと、それはレッスンではなく、
私がアメリカで教会の話を聞いて、
ちゃんと理解できているかを確認しただけだったようです。

「私たちは生まれる前どこにいましたか?」
「私たち人生の目的は何でしょう」
「死後、私たちはどうなりますか?」
などいろんな質問をされましたが、
「この世には、どうしていろんな教会が存在するのですか?」
という質問以外は、すべて答えることができました。

私の1日も早くバプテスマを受けたいという希望を聞いて、
ペリトン長老が、当時の伝道会長だった新山伝道会長に連絡をとり、
その日の夜7時からバプテスマ会をやっていただきました。

既に帰宅していた菅原誠一郎ビショップが教会に戻って司会をしてくださいました。
泉ワードや長町ワードの宣教師まで集まってくださり、
日本人は菅原兄弟だけで、あとは全員宣教師という、
今思えば、ちょっと変わったバプテスマ会でした。

・・・と、今まで説明するのを忘れていましたが、
渡米した時から、バプテスマを受ける時まで、
私は、かなりの躁状態でした。

とはいうものの、当時はまだ病院にも行っておらず、
自分が病気だとは夢にも思っていませんでした。

その後に、地獄の鬱状態が待っていることなど、
その時の私には、知る由もありませんでした。

(改宗談 その3に続く)
私が、末日聖徒イエス・キリスト教会に改宗したのは、
大学院生のときに、語学研修の名目で、
アメリカ西海岸のサンディエゴにホームステイに行ったのがきっかけでした。

大学生協のツアーで、1ヶ月間のホームステイを申し込む際に、
ホストファミリーとの組み合わせを決めるための情報として、
「子どもは好きですか?」
「お年寄りは好きですか?」
「犬は好きですか?」
「猫は好きですか?」
などのアンケートを取られました。

私は、子供が大好きだったので、
「子どもが好きですか?」のところに◎を付けたところ、
子供が13人もいる家庭にマッチングされました。

そのHawsさん一家がモルモンの家庭だったことが、
私の人生を変えるきっかけになりました。

Haws家のお父さんであるRobertさんは、
私の意思を尊重して下さり、
最初の日曜日の朝に、
「私たち家族は、礼拝のために教会に行きますが、あなたはどうしますか?」
と聞いてくださいました。

一人で家で留守番しててもしょうがないので、
「ぜひ、私を連れてってください」と答えました。

結局1ヶ月間の計4回教会に行き、聖餐を取りました。
今思えば、そのうちの1回はステーク大会で、
ものすごい数の会員が集まってました。

初めて聖餐を取った時の、Haws家の長女との会話。
私:「このパンは何ですか?」
長女:「イエスキリストの体です」
私:(ぎょっとして)「モルモン教は人食い人種なのですか!?」
長女:「あくまで象徴です(笑)」

ある日の夜、私はRobertさんに、
「LDSとは、どんな教会なのですか?」
と尋ねたところ、
ジョセフスミスという14歳の少年が、
森の中で祈りをささげたら、
神様とイエス様が天から降りてきたことを教えてくれました。

この最初の示現についての話を聞いたとき、
私は、自分の英語力が足りないために、
Robertさんの言っている英語を誤解しているのだと思いました。
しかし、1時間ほど話しているうちに、
私は、彼の話す英語をちゃんと理解していることがわかり、
また、彼が話している内容は、真実であると感じました。

今思うと、なんであんな不思議な話を信じたのだろう?と思いますが、
やはりそれは、そこに御霊があったからということになるのだと思います。
聖霊の力なしでは、いくら何百回モルモン書を読み返したとしても、
それが真実であることはわからないという言葉は真実だと思います。

私は、この体験の記憶が強烈だったために、
モロナイ書にあるように「モルモン書が真実かどうかを祈り求め」たことは今までありません。
おかげさまで、改宗して20年間、モルモン書の真実性を疑ったことはなかったからです。
改宗して1年で、お休み会員になってしまいましたが、
教会を休んでいる間も、モルモン書が真実であることに疑いは持ちませんでした。

(改宗談 その2につづく)

私もとうとう46歳になり、90歳まで生きる自信は
わかないので、人生も半ばを迎えたかな?
と感じる年になりました。

ちょっと早いかもしれませんが、
とりあえず折り返し地点ということで、
今までの人生を振り返ってみたいと思いました。

1965年(S40)に、北海道札幌市に生まれ、
小中高と山形県で過ごしました。
山形東高に入学した当初は、
天文学者になるのが夢でしたが、
それで食っていくためには東大に行かなければならない
ことを知り(嘘かも知れないけど)、あっさり断念。
その後、部活(物理部)で知り合った友人から
影響を受け、「将来はコンピューターが一家に一台
レベルで普及する時代が来る!」と確信し、
システムエンジニアへの道を目指すことになりました。

SEになりたいと思うと同時に、
大学の目標を東北大学工学部電気及び通信工学科に
定め、他の学科へ妥協するのが嫌だったので、
第一希望しか記入せずに受験したところ、
見事に不合格(T-T)。

一年間、仙台の文理予備校に通うことになりました。
苦労した甲斐あって、次の年には、念願の東北大の
工学部電気及び通信工学科に合格しました。

大学時代は、時代にそぐわないPascal演習などは
適当に受講して単位だけはとり、
将来仕事で使えると思われるC言語や、
オブジェクト指向言語について独学しました。
実際、会社に入ってから役に立った知識は、
独学で学んだことが8割を占めていました。
家が裕福ではなかったので、
大学院に行くつもりは全くなかったのですが、
両親の「どうしても行きたいなら仕送りを続けてあげるよ」
というありがたいお言葉に甘え、同大学の大学院
(通信工学科)に進学しました。

大学院卒業の年に、
「仕事ではなく、観光としてアメリカという国に
行って見たい」という思いから、
弟にお金を借りて語学研修という名目で渡米しました。

そのときお世話になった家族がモルモンだった影響で、
日本に帰ってすぐにモルモンに改宗しました。
しかし今思えば、このアメリカ旅行は、
私が躁病を発症したことが原因でした。

モルモンに改宗した後、今度は鬱病になり、
学校にも行かず寝たきりの生活を送っていました。
大学から連絡を受けた両親が、
私のアパートまで来てくれて、抱えられるようにして
東北大学病院の精神科に運び込まれ、
「躁うつ病」と診断されました。

1年間自宅療養し、なんとか修士論文も書くことが
できたので、1年遅れで大学院を卒業し、
修士の肩書を取得して無事卒業できました。

最初は、東京の会社(富士ゼロックス)に就職する
予定でしたが、両親の「長男なんだから親の近くに
就職して欲しい」という言葉を受け、
仙台の「松下通信仙台研究所」に入社。
主に、携帯電話の開発に従事しました。

松下時代に社会人として学んだことは多かったですが、
技術的なものよりも、故・松下幸之助さんの精神論的な
ものの影響を大きく受けました。
このとき学んだ精神論は今も私の中に行き続けていると
思います。
 
さて36歳になったとき、会社でフィンランドの出張メンバー
を選抜するためにTOEICを受けたのですが、
大卒と高専生が大半を占めていた会社だったので、
私は上位に入ってしまい、2歳の息子を仙台に残して
二年間フィンランドに行かなければならない
状況になりました。

そんなこんなでTOEICの成績がよかった喜びと、
家族と離ればなれになるかもしれない不安を
抱えていたら、またまた精神状態が不安定になり、
躁状態と鬱状態を繰り返す状態になってしまいました。

ちょうどその時、モルモン教会の東京管理本部の
SEの求人を見つけたこともあり、
もし合格したら松下をやめて転職するという案について
妻に相談したところ、
「パパがそうしたいなら、ついて行くよ」
と快諾してくれました。

そして試験と面接を受けたところ、無事採用され、
10年間勤めた松下を円満退社して、
上京することになりました。

管理本部での仕事は、
携帯電話の開発とは全く違う仕事で、
ネットワークサーバのメインテナンスやら、
外人奉仕宣教師へのパソコンの使い方のレッスン、
ビル内の電話の総入れ替えなど、幅広い仕事を
SEという肩書きでやりました。
SEというより、公務員的な仕事が多かったです。

しかし、伝道経験のない私にとって、
社員のほとんどが帰還宣教師という管理本部は、
伝道に出るとどんなことを学べるのかという情報を
得るには、最高の職場でした。

この教会に入るきっかけが躁鬱病だったように、
きっと神様は、管理本部に私を務めさせるために
私を「躁鬱病」にしたのだから、もう今後は再発は
しないと信じていたのですが、管理本部に入って3年目、
また躁状態がやってきました。
いつものように、躁状態の後には鬱状態があり、
今度のはいつもより症状がひどかったため、
とうとう人生初の、精神科病棟への入院を
経験してしまいました。

躁鬱だった期間の半年近く、
まともに仕事ができないような状態だったので、
たった4人しかいない情報システム課には、
多大なる迷惑をかけてしまいました。

1ヶ月ほどで退院し、管理本部に復帰したのですが、
当然ながら元通りに戻ることはかなり困難なようでした。
半年間仕事をしていなかったため、
査定はすべて最低ランク、
当然給料は激減することは目に見えてました。
それどころか、また病気が再発する可能性があると
すると、情報システム課に籍を置き続けることは難しい
と言われました。
管理本部内の清掃を担当するクリーナーさんなら、
もしかしたら雇ってあげられるかもしれないが、
そこもポストが空いているわけではないから、
保障はできないと言われてしまいました。

どうするべきか真剣に悩み、
「神様は私に管理本部で教会で奉仕をするために、
私を発病させたわけではないかもしれない・・・」と
妻に相談しました。

妻は、残念ながら管理本部に入れば再発はしないかも
しれないという望みはたたれたのだから、
なにも管理本部にしがみつくことはない。
それよりもなによりも、一緒に働いてきた仲間である
パパに対して、『掃除婦なら雇ってやってもいいけど』
なんていう人の下で働いてはいけない。
さったとやめた方がいい」
とアドバイスしてくれました。

私も、自分の悪口を言っている人には全く怒りが
わかなくても、妻の悪口を言っている人に対しては
殺意までわきかけるのですが、これは妻も同じようで、
私以上に私の上司に対して怒りをあらわにしてました(笑)。

私自身は、べつにクリーナーの仕事に抵抗は
なかったので、どうしても管理本部に残るべきなら
それでもいいかなと思っていたのですが、
大学時代の講義で「国立大学に通うということは、
日本国民の税金で勉強させてもらっていることを
忘れてはいけない。誰よりも優れた能力を磨き、
日本のために貢献できる人にならなければ、
税金を払ってくれている国民に申し訳が立たない」
と言われたのを思い出し、
自分は自分が身に着けたコンピュータの知識を
活かさなければならないという初心を思い出し、
管理本部をやめる決意をしました。

ということで、転職することにし、
求人情報を検索したところ、
現在働いている「フォレックス株式会社」という会社を
見つけました。
面接したところ、この会社の社長および専務から
とっても気に入っていただき、
入社と同時に月給45万(試用期間なし)という条件、
かつその後は実力しだいでいくらでも昇給してあげる
というありがたいお言葉を受け、即就職を決意しました。
これによって、生涯で2回目の円満退社を経験することになりました。

最初は、新人を研修するための教師として採用された
のですが、自分のプログラミング技術を見せるために、
簡単なアプリケーションを作って見せたところ、
開発の仕事を依頼されました。
ここぞとばかりに短期間で高性能のアプリケーションを
開発する腕を披露したところ、
直属の上司より大絶賛を受け、会社の基幹業務に、
私の作ったアプリケーションを採用していただきました。
さらに、会社のホームページ(http://www.forex.co.jp )に、
私の開発したアプリケーションを紹介してもらえました。

今の会社は、社員200名ほどの中小企業ですが、
大企業では味わえなかった「仕事のやりがい」を
感じています。

不本意ながらも、発病がきっかけで2度も転職すること
になってしまいましたが、
私が苦境にあった時、いつも私の味方になってくれた
妻に、心から感謝しています。

世の中には、大企業が合う性格の人間と、
中小企業の方が合う性格の人間がいると感じています。

私は、間違いなく後者でした。
どんなに大きな会社でも、毎日顔をつき合わせて
仕事をするのは、せいぜい10数名です。
そう考えると、大企業のメリットは「つぶれない」と
いうことだけのような気がします。
(これは大きなメリットであるとは思いますが・・・)

また、大企業では自分が風邪で休んでも、
代わりを果たしてくれる人がいいるので、
安心して休めるというメリットもあるかもしれません。
中小企業では代わりがいないので、
「這ってでも会社に来い!」と言われることが
多々あります(笑)。

でも、これは「自分ががんばらなければいけない」
というやる気につながります。
私にとっては、「つぶれない」メリットよりも、
この「やる気が出る」「仕事に対しての責任感をもてる」
という中小企業のメリットのほうが大きかったです。

また、自分の作ったアプリケーションを、
自分のすぐ隣に座っている営業が売りに回って
くれるということも、
大企業では味わえなかった快感でした。

今の会社に出会えたのは、
ほんとにラッキーだったと思います。
まだ定年までは20年もあるので、
今はまだわかりませんが、とりあえず今の会社に
勤めてからは、発病によって会社を休まなければ
ならないようなことにはなってません。

この会社は、きっとどんな環境にあっても、
神様が助けてくれると信じ、
躁鬱病という病気ですらも、神様が与えてくれた祝福
だと感じることができた私に対する、
神様からのプレゼントだと思っています。

今から20年後に、もう一度この日記を読み返してみたいと思ってます。

その時も、今と変わらない、感謝の気持ちで一杯の状態
だといいなぁ・・・と願っています。
この前の日曜日は、とっても素敵なことがありました。

日曜はは午後から仕事になってしまったので、午前中だけ教会に行って聖餐だけとって会社に向かいました。

夕方5時ごろ仕事が終わって渋谷駅に向かう途中で、二人の子連れの中国人の女性から声をかけられました。

話を聞いてみると、渋谷のコミュニティーセンターで蛍を観賞できるイベントをやっているのを新聞で読んで西大井からやってきたのですが、場所がわからないとのことでした。
目的の場所は口で説明するのはちょっと難しい場所で、蛍観賞には私も興味があったので、道案内をしながら一緒に蛍を見に行くことにしました。

歩きながらいろんな話しをしていたら、私が本当は日曜日は教会に行っているのに、今日は仕事が入って渋谷に来たことを話したら、
彼女も、神様は信じてはいないのですが、子供の情操教育のために毎週近所の教会に行ってることを話してくれました。
特に妹の林檎ちゃんは教会のことを天使の学校と呼んで、神様のことが大好きと言ってるとのことでした。

自宅は西大井ということで、最初は末日聖徒イエス・キリスト教会という名前と全国に教会はあるので、よかったら調べてみて下さい程度しか言えなかったのですが、二時間ぐらい一緒にいるうちに、林檎ちゃんが私のことをとても気に入ったらしく、明日も遊びたい!と言い出しました。
「おじさん、明日は仕事なんだ」と言うと、仕事は何時に終わるの?と言い出しましたf^_^;

そんな流れで、電車で一時間以上かかるけど、おじさんも天使の学校行ってるから、日曜日に来てくれればいつでも会えるよという話しになり、教会までの電車での行き方を、お母さんに伝えました。

わざわざ一時間もかけて埼玉まで来ることはないだろうと思っていたのですが、昨夜お母さんから一緒に蛍を見に行ってくれた御礼と、いつか必ず教会に会いに行きますという内容のメールが届きました。

昨日も、子供たちのために、新宿・池袋・渋谷と東京中を電車で移動していたような元気なお母さんなので、なんか本当に遊びに来てくれそうな感じです。

私を気に入ったのか、私が持っていたスマホとタブレットに入っていたゲームを気に入ったのかは怪しいところですが、
どうやら46歳になった今でも、子供から好かれる賜物と、街で道を尋ねられやすいという私の賜物は健在のようです(^_^;)

お兄ちゃんは、たくさんのユダヤ人を救った杉浦千畝から名前をもらった千畝くん(10歳)。
妹は、アニメのキャラのような名前の林檎ちゃん(5歳)。
お母さんは、20年前に日本に来た、郭 玲さん(48歳)で、14歳年上の日本人の旦那さんがいるとのことでした。

二人の子供は、名前に負けないとってもかっこいいお兄ちゃんと、めちゃめちゃかわいい妹さんでしたo(^-^)o

また会えるといいなぁ・・・
http://www.au.kddi.com/seihin/ichiran/digitallife/xoom/

なぜかAuから発売されている Android 3.0 - 開発コードHoney Comb(蜂の巣) タブレットのMOTOROLA XOOMを購入しました。

奥さまから怒られるの覚悟でしたが、 カットされてた給料が先月から戻ったおかげで 機嫌が良かったせいか、
「また、いらんもの買って・・・」
とあきれられただけで済みました(^^;)

今週の日曜日から、いろいろいじってるのですが、 SDカードスロットがあるにもかかわらず、 読み書きできるようになるのは、今後のUpdateで・・・ というような見切り発車ぶりのわりには 快適に動いてます。

デュアルコアは、さすがに早いっす。
ブラウジングや動画の再生など、 ストレスを感じずに快適に操作できます。

まだAndroid3.0用に開発されたアプリが少ない ので、実力が発揮できてないような気がしますが、 とりあえずスマホ用のアプリが普通に動くので 十分楽しめます。

700g程度なのですが、片手で持つのにはちと つらいです。
寝転がって長時間持っていると、 腕がつってしまいそうです(^^;)

Bluetooth接続のキーボードとかもあるらしいですが、 それを買うなら最初からノートPC買った方がいいような気がします。
タブレットはあくまでタッチパネルとソフトウェア キーボードで使うと割り切って使うべきだと、 私は思います。

ソフトウェアキーボードも、数字や記号を打つ時に、 いちいち切り替えなければならないのが、ちょっと 面倒ですが、反応自体はとてもいいです。
同時に何本の指を認識できるのか知りませんが、 かなり高速にタッチしても、認識漏れは皆無です。

問題は、Updateしても一銭ももうからないAuが、 今後のUpdateに対応してくれるかどうか。
そもそもWifiモデルしかないから、Auとの契約は 一切なしで購入できるモデルだし・・・

「Android AU」という看板掲げたから、この機種を 販売することになったのかな?
Softbankから出てくれた方がちょっとうれしかったな?

なんとなく、儲けが出ないUpdateも、 孫さんならやってくれそうな気がするというだけだけどw