平和への覚悟

最近 【 日米安保の適用範囲 】と云う言葉を頻繁に 米国の政府筋からも聞くが これはサンフランシスコ講和条約から1972年迄の間 その地域をアメリカが統治し その後日本に返還したと云うことである。しかし それが 尖閣問題で アメリカが日本側に立つことを意味するものではないことを理解している 政治家や評論家は少ない。 非常に危ういことである。

領土問題は力の強いものが勝つ。この現実は過去の歴史でも今まで何度も証明されてきた。 話し合いで 解決するにも 力の強い方に 有利になるのは 必然である。 力とは 軍事力だけを意味するものではなく むしろ経済力 外交力 そして国民の意思の力が重要と云うのが 本質である。

【 日米安保の適用範囲 】という言葉にしがみ付く日本人は 何の保証もないアメリカの軍事力に 平和ボケしながら 何時までも幼子のように しがみ付いている。当然アメリカは自らの国益を優先的に考え利益のある方につく。 日本人は それが国際政治の現実であると云うことを認識し その上で 平和への覚悟を もっと真剣に模索しなければいけない。


連合艦隊旗艦【 三笠 】

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  旗艦〔 三笠 〕船首の菊御紋 ↑

時代は 今から約120前 清王朝が中国を支配していた頃の出来事である。 日清戦争 ( 1894年7月~1895年3月 * )に勝利した日本は 下関条約により 賠償として清国から遼東半島を割譲したが しかし強力な軍事力を極東に展開していた 露独仏三国の強い干渉を受け 遼東半島を清国に返還せざるを得なかった。
(* 明治27年~明治28年)
欧米列強の軍事脅威から 主権と領土を守るためには 軍事力の強化が 急務と痛感した時の政府は 艦6隻 装甲巡洋艦6隻を基幹とする〔 六六艦隊整備計画 〕を推進した。
奈良県の御蓋山( みかさやま )に ちなんで命名された〔 三笠 〕は 英国ヴィッカース造船所に発注した6隻目の戦艦だ。 明治35年(1902)に竣工後 直ちに横須賀に回航 日露関係が悪化し戦時体制に移行した 明治36年12月連合艦隊に編入され その旗艦となる。
British Vickers shipyard 英国の造船所で H級潜水艦英や兵器製造のコングロマリット
満州や朝鮮を巡って起きた 日露戦争時 (1904年~1905年) 日本海海戦で連合艦隊旗艦〔 三笠 〕として戦い ロシアのバルチック艦隊を完全壊滅させるなど 海戦史上 類を見ない 大勝利をおさめる。
【 参考文献等 】 横須賀市ホームページなど

連合艦隊旗艦が出撃した海戦 と 当時の旗艦


旗艦のことなど 聞かんでもいいから 以下をさっと見てから帰還して~

〔 日清戦争 〕
黄海海戦 :明治27年(1894年)9月 - 旗艦:防護巡洋艦 松島
威海衛海戦 : 明治28年(1895年)2月12日終結) - 旗艦:防護巡洋艦 松島

〔 日露戦争 〕
黄海海戦 :明治37年(1904年)8月 - 旗艦:戦艦 三笠
日本海海戦 : 明治38年(1905年)5月) - 旗艦:戦艦 三笠

〔 太平洋戦争(大東亜戦争)〕
ミッドウェイ海戦 :昭和17年(1942年)6月 - 旗艦:戦艦 大和

〔 大和 〕は蘇って山手へ もとい やがて〔 ヤマト 〕へ ↓

〔 異星人国家・ガミラス帝国との戦い 〕
大マゼラン雲の宇宙戦 : XY宇宙年
  - 旗艦:宇宙戦艦 ヤマト
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