生まれ変わったら猫になりたい。


大好きな貴方の膝で一日中大好きだよって伝えるの。


貴方の背中に爪を立てて。


時には気ままに心配させて。


私がいなくなったら。


本当は何も変わらないのに、でも居ても立ってもいられなくなるような。


可愛い貴方の特別な一匹になりたい。







「ぼん~っ!!ただいまぁっ!!」

あたりが暗くなりだした頃、元気よくアパートのドアが開いて、成人男性とは思えない気の抜けた優しい笑顔と声の持ち主が帰ってきた。

(みゃあっ。)

お帰り。私のイズミ君。

ちりん。ちりん。

奥のリビングから大袈裟に首に付けられた大きな鈴を鳴らしながら玄関へと向かう。

本気を出せば、鈴を鳴らさないように歩く事だって出来るけれど。

鈴を鳴らしながら走っていけばイズミ君は決まって・・。

「か~わ~い~い~っ!!!!」

・・・・・ほらね?抱き上げてくれた。

こんな時、私は猫っていいなと思う。

私はイズミ君の猫で幸せだなぁって。

そう思う。

お帰り。大好きなイズミ君。



私のイズミ君は素敵な人。

結構かっこよくて。

本好きで。

たまに急にセクシーになって。

最近伸ばしだしたあご髭がワイルドで。

少し意地悪で。

お洒落で。

お料理も上手くて。

博学で。

     ・

     ・  

それに可愛い。

車と文学のことになると誰よりも熱くって。

何気にパジャマはベタなストライプで。

朝が弱くって。

なかなか酔わないけど、酔うと甘えん坊になるし。

酔わなくても私には甘えるし。

板チョコをかじるのが好きだし。

辛いカレーは食べれない。

人情物に弱くって。

算数と注射が苦手。



それに。



何よりも、私を「好き」と言ってくれた。



一日に最低三回は私のお腹と肉球を触って。

「ぷにぷに~。」

ってデリカシーのないことを言うし。

女の子大好きだし。 

毎朝寝ぼけて私のことを蹴り飛ばすけど。


それでも私はそんなイズミ君が大好き。






でも。

それも今さっきまで。

イズミ君なんか、もう知らない。

イズミ君の後ろから現れた!黒とピンクのワンピースを着た巻き髪の!

その子は一体誰なのよぅ!!!!

「ぼ~ん~っ。この子春日さん!!僕の彼女だよ~♪」


見りゃわかるわよ!!んなこと!!

「わ~。真っ白~♪写メで見たとおりの可愛い猫ちゃんだねぇ~♪」

ちょっとあんた!どっから声だしてんのよ。友達と話す時の声で話してみなさいよっ。あんたに褒められてもちっとも嬉しくないんだからっ。

「何でぼんちゃんっていうの?」

「あ~。それはさ~。ん~。そんなことより早く中入りなよ。」





・・・・・・・・・・・そんなことより・・・・・・・・・・?

ワンピース女がきゃぴきゃぴ返事をするのも耳に入らない。


私の名前って、そんなに軽いものなの?

私の存在は、そのオンナ以下なんだ?



私は、私を優しく抱きかかえていたイズミ君の手を血が吹き出るくらい引っかいた。

「・・・!!!つっ。」


さっきまでヘラヘラ笑っていたイズミ君の顔が急に険しくなる。


猫って哀しい。

私今泣いてるのに。

貴方に伝えられない。

貴方を困らすことも出来ない。

ただ胸が痛むだけ。




驚いたイズミ君が私を落とした瞬間に私は走った。開けっ放しの玄関の方へ。


「!!!ぼんっっっ!!!」

ドア側にいたワンピース女がドアをとっさに閉めようとしたけど、

私が鉄のドアに挟まってしまうことを恐れたイズミ君が

「止めろ!!!!!!!!!」

と大声を出したのと、私がドアに残った小さなスキマからスルリと外へ逃げ出したのとはほぼ同時だった。



馬鹿なイズミ君。

せっかく彼女に優しくしてたのに。

彼女怯えちゃってたよ。

猫一匹のためにあんなに大声出しちゃってさ。



私がドアをすり抜けた後、しばらくはイズミ君が裸足で私を追いかけていてくれたことは足音でわかっていた。

きっと街灯の無い横道にそれたから、見失ってしまったんだろう。



・・・・あれは絶対に振られたな・・・。

いい気味だ。と思いながらスピードを落とす。

気が付くと小さな公園に来ていた。

ほとんど遊具も無く。御影石で作られた三角錐のズズ黒いモニュメントが小さな公園のど真ん中にこれでもか!と、大きく腰を据えていた。

そういえば、前に誰かが邪魔だっていってたような気がする・・・。そうかイズミ君か。確か置いてある意味も分からないとか言ってたなぁ。

こんな時に思い出すことがイズミ君のことだなんて。私もかなり重症だ。


ほんと言うとずっと追いかけていて欲しかった。

彼女をほってきてくれたこと、嬉しかった。

・・・・・・、立ち止まれば、よかったなぁ。



私の足を止めさせなかったのはきっと、馬鹿馬鹿しい自尊心と、それと。

振り返ってイズミ君の顔を見る勇気が無かったんだよ。

夜はまだ冷えるから・・・・。

早く見つけてね。





私の名前は和三盆。

文学に熱く超が付くほどロマンチストなイズミ君が私のために三日間思案してつけてくれた大切な名前。

(その間の三日間は、ミケとか、タマとか、みゃあちゃんとか。有りがちな名前で呼ばれた。)

イズミ君が、

「初めて君を見たとき白くて、キラキラして。・・・なんて可愛い仔なんだろう。って思ったんだよ。その気持ちを名前に込めたいんだ。」

と、笑顔で話してくれたとき。

私は愛されるってこういうことなんだって思った。

そのとき私はイズミ君が大好きになったんだよ?



「はじめてあった時、夕日で君の白い毛がキラキラ光ってただろう?砂糖菓子みたいだなって思ったんだ。砂糖じゃそのままだし。金平糖じゃ色付いてて透明感に欠けるし・・・・・。なんとなく和三盆って言う音が気に入ったんだ♪上質な粒子の細かい砂糖で、和菓子の材料なんだって。君の毛並みを現すのにぴったりだろ?」

私に名前を発表する時。

幸せそうに由来を話す貴方はなんだかとても愛おしい存在だった。



わかってるもん。

私は猫で。

ずっと私だけのイズミ君じゃないことぐらい。

私の知ってるイズミ君がイズミ君の全部じゃないくらい。


イズミ君は知らないんだ。

昼間イズミ君が居ないアパートの陽だまりで、毛ずくろいをしながら私がいつも考えていること。

抱きしめられるたびに、一生懸命猫なで声で甘く鳴くのは、何故だか分かる?




遠くから荒い息と癖のある足音がする。

大好きなイズミ君・・。


「・・・・・ぼん?」

気づいたみたい。足音が近づいてくる。

「ぼ~ん。」

モニュメントの前にチョコンと座っている私の横にしゃがみ込んだイズミ君。

あ。なんだ。怒ってないの?勝手に怒っていなくなったのに・・。

「これ何時見ても邪魔だよね~。無機質で可愛さの欠片もないし。ここに置いてある意味が未だによくわかんないや。・・・・・・ってこの会話前にもしなかった?」

息を整えながら言うイズミ君。

したよ。憶えてたんだね。

ちろりと隣を見て

「みゃぁ。」

と一声鳴いてみる。

シャツにうっすら血のあとを見つけて思わず目を逸らしてしまう。

「ぼんが居ないとさぁ・・・・

イズミ君はそんな私を見ると「ふっ。」っとわらって立ち上がりざまに私を脇の下から優しく抱き上げながらイズミ君は言った。

後ろから差す街灯の光がイズミ君に当たって、悔しいくらいにカッコいい。


・・・・寂しくって死んじゃうかもね。僕。だから情けないけど愛想が尽きても一緒に居てね。何度でも探しに来るから。」


腕に抱いて優しく頬ずりしてくれる。

髭ががさがさしてきもちわるい。

・・・・だけど。

私はもう一度「みゃぁ。」と甘く鳴いて、イズミ君の口元を一舐めした。


きっと明日からも私は

アパートで明日になったら私のイズミ君じゃなくなっちゃうんじゃないだろうか。

とか。

あの女の子と同じように嫌われないように甘い声でかわいこぶってみたり。

とか。

するんだろう。

不安で哀しくなるんだろう。

もしかしたらまたアパートを飛び出すかもしれない。

でもその度に、

迎えに来てくれるんだって。

私が居なきゃ死んじゃうんだって。

そう思うとなんだか幸せ。

当てもなく飛び出してきて、わざと見つかりやすい場所で待っている馬鹿な自分も悪くない。





イズミ君。

ねぇ、イズミ君?

私は貴方の猫で居ます。

貴方の腕のぬくもりが消えるその日まで。