桃の里を抜けて | ミニの黒いスリップワンピ

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ロマンチック 略してロック

帰省してきました。


桃の花、菜の花、梅の花が、雪の残る山を背景にきれいに春を演出しておりました。

桜はぴんくのつぼみを膨らませて、はち切れる寸前の、この抑圧された雰囲気に官能的な目眩をおぼえました。

桜は、咲くよりもつぼみの時の方が、その色が濃く感じられます。凝縮されているようで。

そしてまだ杉の花粉も大量に舞っていました。
それを助長するかの如く春の風は強く荒く吹き、人の目や鼻を無情に突いて苦しめます。
桜のつぼみは、ひしと幹にしがみつき、梅は負けて花吹雪。


友人は脳病院にいます。

二三年に一度、疲れたといって入院します。

普段、躁の時にしか連絡が来ないので、わたしはとても邪険にしてしまいます。

躁状態の友人は、いつも自分の幸せを振り撒きます。
それが堪らなく鬱陶しく、特にわたしの状態が負に傾いているときは電話に出ません。

しかし今回、帰省したついでに会おうと思い電話をかけましたがつながりません。
もう一人の友人がかけましたが同じです。

これはもしや、と彼女の実家にかけてみると案の定。

彼女の母親に、心配をかけてごめんなさいねと謝られ、いつもありがとうねと感謝され、そしてわたしは自己嫌悪に陥るのです。

邪険にしていたわたしによりも、心配して実家に電話したわたしが嫌なのです。
『偽善者だ!』
『人格障害!』
そう責める声が聞こえます。

その苦しみを別の友人に話します。
「みやこのせいじゃない」
そんな慰めをもらうと、ますます自己嫌悪になります。

『あぁ、話してはいけなかった。
慰められるのはわかっていたじゃないか。
慰められたくて話したんだろう?
結局わたしは偽善者なのだ。いい子ぶっているのだ。
お前は悪くないと言われて安心したいだけなのだ。


あぁ、嫌だ。

普段は自分に甘いわたしなのに、どうしてもこの件は毎回自責に悩まされるのです。
どうしてでしょう。



…ところで祖母は、
あいかわらずの状態でぼんやりとわたしを見ていました。
一定の温度に保たれた清潔な病室で。

ぼんやりと。
夢を見ているかのように。




あら、言葉使いが変ですて?
わたしもなんだかぼんやりしています。
そのせいかしら。
頭の中は、祖母と同じ病室で、ぬくぬくの布団に包まれて穏やかな気持ちなのです。

ときたま、罵声が聞こえます。
偽善者のわたしに浴びせる罵声が。

耳をふさぎ、布団を頭からかぶり、なにも考えたくないと思います。

春の野原を思い浮かべます。

菜の花、桃の花、ちょうちょ、

あ、ちょうちょがいます。

少し眠りたくなりました。


あぁ。