アスピレーション(aspiration)とは、「抱負、向上心、大志、切望、熱望」「吸気、呼吸」と英和辞書にある。人間としての☆願望☆を指しているのだと思う。

人間が活き活きするのは、向上心に燃えたときだと思う。だから、人間の暮らしと心の豊かさを表現するのには、欠かせない心情なのだと思う。これは、万人に共通といってもいい。

 

だから、アスピレーション(aspiration)を有するという人間の在り方については、老若男女、貧富、生まれ、地位などによって、差別されることがあってはならないことが原則だと思う。

 

そして、これを具体的にあらゆる個人に保証するための基本的人権が、「学習権」つまり「教育を受ける権利」なのだと思う。

 

だから、義務教育とは、社会つまり親と国に子どもたちへの教育を保証する義務を負うという意味になっているのだ。間違っても子どもたちに教育を受ける義務があるなどと誤解してはならない。

 

  学習権は、慈悲ではなく、権利なのだ。ところが、よくある議論として、「富裕層・金持ちにまで教育を無償にする必要はない、所得制限を設けるべきだ」という意見が発生する。けっこうこの違憲に反論できない人も多い。狭い視野の中で考えるならば、一見、正論のように思わされてしまう。

 

しかし、一旦、視野を広角にして考えてみると、税制のほうでしっかりと「累進性」が確保されていれば、富裕層は、能力に応じた税負担をしているのだから、富裕層も無償の教育を受けることができて当然といえるのだ。貧富に関係なく、だれかれの選別差別することなく、教育を受ける権利を保証するのは極めて重要な政治の責務なのだ。

差別の無い☆向上心の保証☆とは、人間の最も基本的な重要な人権なのだから。

 

教育は、生涯教育も視野に入れて、幼児教育も大学教育も含めて、もっとも重要な人権保障という観点から、本気で、妥協なく、実現すべき事柄である。

 

 選挙公約で明言した以上、その真剣な実行は、将来の日本社会で咲かせる花となり実となる“種(たね)”播きなので、政権のサボタージュは絶対に許されない。