1965年生まれ
物心ついた頃には勝手に母に
ヘアースタイルは決められていた。
短ければ短いほど良く(①②)
小6の時
母の知り合いの美容師さんに
レイヤーボブと頼むと
見事なマッシュルームにされた事を
今も恨んでいる。(③)



中学、高校では聖子ちゃんカット全盛期で

ほとんどの女子がトイレの鏡前で

スケルトンブラシをつかい

後ろへ後ろへと流しに流していた。(④)



大学入学と同時に

友だちに紹介してもらった美容院に行って

速攻でパーマを当ててもらう。(⑤)

当時流行っていたのは

フラッパー(おてんば)スタイル。





それからやってきたのは

ワンレンボディコン時代。(⑥)



そのままの路線で行けばきっと今は

ブログなど書く事ない人生だったかもしれない。


なぜか美容院で

「ドレッドにして!」

と言ってしまった。(⑦⑧)


それが25歳くらいの時だから

それから35年。

長さやカールの変化はあれど

ずーっとこの髪型でやらせてもらっている。

(今はドレッドからスパイラルになった)


先日美容院に行った時に

担当の美容師さんにしみじみと語ったのは

この髪型のおかげで

望める最高の人生を送らせてもらえた

という事。


この髪型のおかげで人に覚えてもらえたし

この髪型のおかげで自分に自信を持てた。

それによって性格も外向的になって

人前でもものおじしなくなった。

色んな事にチャレンジできたし

楽しい体験も山ほどできた。

どんな髪型が流行ろうと

見向きもしないワタシのために

パーマを巻き続けてくれて

本当にありがとう、と。


もしストレートであったなら

また人生も違うものになっていたかもしれない。


ちなみに今は

このもはやワタシ専用になった

ロッドを使い





だいぶ緩くなったスパイラルパーマ。

白髪にはあまりパーマが当たらないらしい悲しい


何より担当の美容師さんが

ワタシよりも長生きして

いつまでもロッドを巻いてくれる事を

願ってやみません。お願い


↓42年間通っているサロンです。