
さて、別の角度から、さらに踏み込んで、石井裕之さんの「自由」についての考え方をシェアしたいと思います。
前回は、あたたが目標として、夢として掲げているものが、達成するのに他力本願的な外部要因に依存しているのなら、その実現は難しいものになります、と言いました。
今回は、その夢や目標を叶えるのに、他人の自由を奪わずに成立するものかどうか、という別の角度、物差しから見てみることにします。
例えばの話ですが、もし、あなたが、働かないのも自由だとばかり、自分の部屋に引きこもって本や漫画を読んだり、ゲームばかりしていたらどうですか?
当然、収入がなくなり生活ができなくなりますよね。
仮に、もし生活が成り立っているとしたら、それは両親か誰かが、あなたをサポートしていることになります。
つまり外的要因がそれを可能にしているわけです。
依存していることになります。
それって、自由ですか?
誰かが、あなたに代わって、経済的な援助をするために余分に働いたり、身の回りの世話や家事に余計な時間を使っていることになります。
それは、つまり、誰かの自由を奪って、あなたの自由が成立していることになりませんか?
どうしても、何が何でも好きな人と暮らしたいと結婚を強いたり、拉致のような行動すれば、どうですか?
完全に相手の自由を無視していることになります。
余談ですが、ボクはせっかちで歩くのがとても早いです。
(ご多分に漏れず、ボクもせっかち早歩きの大阪人の典型かもしれません)
一緒に行動している人たちや、とくに家族に非難されます。
よほど、気をつけないと、すぐに5メートルや10メートルくらい先を歩いてしまっています。
(このことは、相手が自分のペースで歩くことの自由を無視しているのかもしれません)
だから、嫁さんと歩く時は、恥ずかしいんですが、手をつないで歩きます。
嫁さんはうれしがります。(;^_^A
仲が良いように見えますが、実は、ボクが先に行ってしまうのを防ぐためなんです。
奥様は喜びますし、さっさと先を歩いてしまって怒られないための予防策です。
一石二鳥です。似たような経験があるなら試してみてくださいね。
でも、街中の歩道でのんびり、ゆっくり、道いっぱいに歩いているカップルや人がいるとイライラするので、足早に隙間をすり抜けます。
思わず振り返って睨みつけてやりたい気分になるのですが、さすがに大人げないのでグッと我慢します。
そんな時「ゆっくり歩く自由を認めるから、早く歩きたい自由も認めてくれよ、道に少しは隙間をあけといてんか」といつも思ってしまします。
我ながら、どうして、せかせかと早歩きするのか、早く目的地に着きたいという理由だけなのか?
わかりましぇん(><;)
いつも何かを追いかけているハンター的気質ゆえか、と思いたいのですが、
実は、その反対で、いつも何かに追われている恐怖感が原因のような気もします。
メンタルセラピストゆえの分析か、と言えば、
違います。嘘です。
常に自分自身の状況と性質に対峙させられる場面が多いだけに過ぎません。
難しい表現になってしましましたが、何のことはない、よく家族に怒られたり指摘される回数が多いだけで、何の自慢にもならない話です。情けないです。
お~い、どこまで行くんだという声が聞こえたので、慌てて本題にもどります。
つまり、自分自身の自由を本当に大切にしたいなら、まわりの人の自由も尊重しなくてはならないということです。でなければ単なるエゴイストです。
(道草が多かった分、一気に締めにかかります)
「美味しいものを食べる」と「美味しく食べる」との違い。
「やりがいのある仕事をする」と「やりがいを持って仕事をする」の違い。
夢や目標実現のために、「自己努力で達成できるもの」と「誰かの許可を得ないと達成できない、外部要因に依存する他力本願型」との違い。
目標達成するのに、「誰かの自由を奪犠牲にして成立するもの」なのかどうか。
いづれも共通点は、実現を外部要因に依存する限りは、その外部要因に執着すればするほど、「自由」になれない、「自由」からますます離れて行ってしまう、ということです。
石井裕之さんは、現代は「自由」になれなければ幸せになれないと力説しています。自由になれなければ成功はほど遠いし、お金も入ってこないとも。
それは、成功するには、お金持ちになるには、目標を達成するには、これがないと無理だ、あれが絶対に必要だと、無意識の内に要因を内ではなく外に求め、そしてそれに執着してしまう限りは、望むようには絶対にならない、ということです。
よく、「何が何でも目標達成に執着せよ」とよく言われますが、それはそれでいいのです、外部に達成要因を求めない限りは。
さて、今日も最後までおつきあいいただき、ありがとうございます。感謝!
明日も元気で、ご機嫌よう!
P.S.
ボクは、こう見えても(見えてるわけないか)、英語が話せます。
一生懸命に勉強していたときは、何が何だか、正直判りませんでした。
それで、一時、英語から離れ、そして再び勉強し直したとき、一瞬の内に、ストンと頭というか心に入りました。驚きでしたね。それは初心に戻って音読したからでした。
この教材の先生は、著名な神田昌典さんも絶賛している人物だそうです。
ボクが、長年勉強してきた経験から、これは絶対にYes! Yes! Yes! と叫べる部分がありました。
それは、英語はぼそぼそと小さな声で話すのではなく、“大声で話す”ことが上達の秘訣だとう部分です。
テキストを大きな声で音読すると、発音のチェックが正確にできる“英語耳”が育つのと、英語を発音するときの口と舌の筋肉が鍛えられます。
ジムで筋トレしているときをイメージしてみてください。
小さな負荷でいくら時間をかけて鍛えても、筋肉は強く、太くなりません。
大きな負荷でのトレーニングが必要になってくるのと同じで、大きな声で発音すれば、“英語口”(ボクの造語かな?)ががんがんと鍛えられるのです。
ボクは大学時代、文学部演劇学科だったので、シェイクスピアの「ハムレット」「オセロ」、大好きな「マクベス」の有名なダイアローグを気持ちを込めて音読する練習をさせられました。
おかげさまで、いまでも覚えています。例の「To be or not to be. that's is the question」とか「Tomorrow and tomorrow and tomorrow,,,,,Life is a walking shadow」です。
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