「美味しいものを食べる」と「美味しく食べる」、この違いがわかりますか? | 気づきが大事!のブログ

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読書やセミナーで学んだこと、気づいたこと、人との会話、出逢いで、事件・ニュースで考えさせられたことなどを書き綴っていきますので、お読みいただければ、とってもうれしいです。


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今日は、「自由」ということについて考えたいと思います。

コールドリーディングでおなじみの石井裕之さんの音声ファイルを聴いていて、とてもいい“気づき”があったので、シェアします。

その中で、宗教家のひろさちやさんの例が紹介されていました。

それは、
「おいしいものを食べる」と「おいしく食べる」でした。

この言葉のフレーズを、どう感じましたか?

その“違い”は何でしょうか?

せっかくですから、少し考えて見てください。




どうでしたか?

ボクなりに解説すると、

もし、あなたが、「おいしいものを食べたい」と思ったら、どんな行動を起こしますか?

ネットやガイドブックで調べたり、行きつけのお店に行ったり、冷蔵庫の中をのぞいたり、、、、。

人それぞれですが、共通点として、その“おいしいもの”は、あなたの外側にあります。
いわゆる外的要因です。


じゃあ「おいしく食べる」はどうでしょう?

それは、あなた自身の内部要因に関係してきます。

まして、まずいものでも、どうやっておいしく食べるかという姿勢になったとき、かなりの内部要因が要求されるでしょう。

大学時代のクラブの友人で、その天才がいました。

一緒に食堂か何処かで食べている時、どんなときでも、何を食べても、惚れ惚れするほどおいしそうに食べるので、思わず、「それ、美味しいの?」って聞いたら、「まずいよ!」って意外な答えが返ってくるのです。
「なんでぇやねん、うまそうに食ってるやないか!」

そりゃ、貧しい学生の食事です。「安いまずい、でも量だけはあるぜ」みたいな食物ですから、美味しいわけがないのですが、彼にかかれば、どんな飯でも、そばにいると、どんなに旨いメニューやねん、と思わせるほどの食べっぷりでした。
まさしく天才でした。こんな輩は、いまだに出逢えていません。

何が言いたいのかというと、

「美味しいもの食べたい」と望むと、それは外に求めることになるので、自分自身内でコントロールできるものではなくなります。
つまり、外部要因の他力本願になるわけです。
となると、自分の自由じゃなくなるということです。

一方、「おいしく食べる」は、どうでしょう?

当然、主体性は自分自身です。自力本願そのものですよね。

この考え方は、自分の人生の姿勢に関わってくることはおわかりになったと思います。

相田みつをさんも、我が家のトイレの壁から語ってくれています。

「幸せ不幸せ、それは自分の心しだい」と。


次回も「自由」について、石井裕之さんの著作・音声ファイルからシェアする予定です。


さて、今日も最後までおつきあいいただき、ありがとうございます。感謝!
明日も元気で、ご機嫌よう!



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