あの日。

そう、3・11のあの日。

今の自分にとって、本当に大切なものが、わかってしまった日。

その事実を自分で冷静にうけとれなくて、
自分で自分をどう対処していいかわからなくなって、、毎日毎日、悲惨な映像や、活字を読んでは、涙していた毎日。

こんなことでは、いかん!!

そう思うようになったころ、太一君の明治座での舞台が始まった。

千秋楽の舞台のチケットはFC席でゲット済みだってこと、友達に話したら、4月12日の昼の公演、3階席のチケットを譲ってくれた。



微妙な時期だったけど、妹を誘って二人で観劇することになった。


そう、あの日も朝から揺れてた。

「今日、本当に行くの? 電車とまったらどうすんの?てか、今もゆれてるんですけどぉ?」
って、朝から妹の電話。

「行くに決まってんでしょ。太一に会わなくっちゃ!!」

で、揺れがおさまったころ、電車に乗って、人形町へ。


公演が始まった。 太一の・・・天一坊の台詞の一つ一つに、そのときの自分の状況や心情と重なって、涙が止まらず、号泣。


妹に

「お姉ちゃん、泣きすぎ!! うるさい!!」

と、しかられても、号泣。


2時過ぎ、舞台は2部の舞踊ショーのハイライト。

漆黒の着物に身をまとった太一が、赤い扇子をくるくると回しながら、舞う・・・舞う・・・舞う・・・


そのとき、そう、そのとき。あの、震度6の大きな余震。

会場は少しざわついた。 

何人かの観客は、バッグを手に取り、コートをはおった。

携帯電話を手にとって、会場から出て行く人の姿も、ちらほら。

私も、同じようにコートを羽織り、バッグを肩にかけ、中腰に。


で、ふっと舞台の上の太一を見た。


妖艶に、そして、力強く、優しく、豪華絢爛に舞う太一の姿が。

微動だにしないその姿に、釘付けになった。

で、また泣けた。


そのまま、席にとどまり、太一の舞を最後まで見た。

そして、大きな、惜しみない拍手を送った。

太一は、いつもの優しい微笑みで、みんなに感謝の気持ちを伝えた。

そう、いつもと同じように・・・・


分刻みの忙しい毎日。

家事と、女将業と、母親業と、放課後事業の指導員と、英語講師と、そして妻の仕事と、古いしきたりの家の嫁業と・・・すべてを完璧にこなそうとしてる毎日。

トラブルばかりの毎日。


それって、生きている証。


そして、どれもこれも、支えてくれる人たちがいて、彼らのおかげで、すべてが生きがいになっちゃってる。


今、本当に大切なもの。

それは、支えてくれる人たちの存在。


彼らなしでは、きっとがんばってこれなかったことに気づいた。


だから、私を支えてくれるすべての人に感謝して、そして私も彼らを支えてあげたいと思った。


あの日、みんな、無事だった。

よかった。本当によかった。


今、私が発している言葉が、最後になるかもしれない可能性が0でないことを、改めて感じ・・・・

だから・・・


たとえば、娘に、

「ご飯、早くたべちゃって」

とか、

「遅刻しないで高校いきなさい!!」

とか、

「まったく、今何時だと思ってんの? 門限守んなさい!」

とか・・・


そんな言葉よりも、今、このときに伝えておかなければいけない言葉を、できるかぎり伝えていかなきゃいけないんじゃないかって、思うようになって・・・・


そう思ったら、私にとって、娘の存在がどれだけありがたいかを伝えたくなって・・・・

大切な方々にも、どれだけ感謝しているかを伝えたくなって・・・

そして、彼らをどれだけ大切に、思っているかを伝えたくなって・・・・


そう思ったら、素直に伝えることができた。


で、それから、自分がどんどん変わっていくのがわかって、以前より、強くそして優しくなっていけてる気がして。


太一くんの舞台、千秋楽。


この日は、娘と一緒に観劇した。

となりの娘が、ドン引きするほど、泣いた。


太一君も、以前より強く、そして優しくなってた気がした。


みんな、あの日から、うんと強く、そして優しくなった。


今、本当に大切なもの。

これからは、もっともっと大切にしていこう。