本日、3年生は高考(大学入試)第一日目。
1年生は遠足、そちらもそそられましたが、日本語教師として行くべきイベントが本日午後ありました。「大連市キャノン杯日本語弁論大会」です。
その名の通り、キャノン(中国語では佳能)と大連市人民政府対外友好協会が主催の日本語弁論大会。キャノンは1989年に大連工場を建設し、1990年からこの大会を開始し、今回で17回目だそうです。
予選を経て本選出場したのは、「独学者の部」「大学・日本語非専攻の部」「大学・日本語専攻の部」「社会人の部」から各3名。
小・中・高校の部もあるのですが、こちらは私の赴任直前に本選が行われており、今日は大学生らの審査時間中に各部門の金賞受賞者(1位)が弁論を行い、銀・銅賞受賞者と共に表彰されました。
この高校生の部、金&銀が私の配属先の1&2年生だったこともあって、同僚日本語教師と共に会場へ行きました。
会場は、フラマホテル内の大きなパーティ会場。想像以上の座席が準備されていましたが、出場者の所属大学の学生を中心に、かなりの数の聴衆で埋まっていました。
大学生たちは、厳しい予選を勝ち抜いただけあって、それぞれ原稿内容もスピーチもレベル高いものでした。それぞれスピーチ後に質疑応答が行われるのですが、事前に準備して暗記して話すスピーチと違い、その場で質問に答えるというのは難しそうでした。う~ん、確かに自分が地元の「ハングル弁論大会」出た時も、実際の会話レベル以上の内容まる暗記で臨んだもんなぁ。加えて出題者の日本側審査員は、日本語教育関係者じゃなく在大連企業関係のみなさま。当然「ティーチャーズ・トーク」なはずもなく。スピーチ上手=質疑応答上手とは限らず、そういう点も興味深かったです。
高校生金賞の我が生徒も、無事にスピーチ終了。休憩時間に同僚と共に、金賞・銀賞の学生とお母様方に挨拶に行きました。金賞受賞者のお母さんが「はじめまして。娘がお世話になります」って日本語で挨拶してくれたので、あらびっくり。聞けば、娘が熱心に日本語勉強しているのを見て、自分も勉強を始めたとのこと。
赴任当初、自己紹介で「両親が日本語を話せるので私も勉強を始めました」と話す生徒がいたり、今日の大学生の中でも2人「亡き祖父の影響で日本語の勉強を始めました」と発表したりしていました。逆に「子供の姿を見て始める」というお母さんもいるのですね。スピーチも2人いっしょに、家で何度も練習したことでしょう。ただ「勉強しろ」って言うより、説得力ありますよね。素敵です。
日本語流暢な大学生らの順位発表を待つ間、「今頃3年生も試験終わる頃だな」と思いながら、2人の生徒に聞いてみた。
じゅん 「大学生たち、日本語専攻の人もそうじゃない人もみんな上手でしたね。2人は、大学で何を勉強したいか、もう決めていますか?」
Zさん(2年生女子)「私は、新聞とか放送とか、勉強したいです」
じゅん 「そうですか。新聞や放送などマスコミといいますが、そういう仕事をしたいのですね」
Zさん 「はい。アナウンサーになりたいです」
じゅん 「アナウンサーですか。日本語も話せたら、日本人にインタビューもできますね」
Zさん 「はい!」
Uさん(1年生女子)「私はやっぱり外国語が好きなので、外国語を勉強したいです。まず日本語、そしてできれば英語も」
じゅん 「そうですね。日本語か英語か、どちらかできる人は多いけど、両方しかも流暢にできる人は少ないですから。2人はもちろん中国語は話せるし、日本語もこのまま勉強続けたらどんどん上手になるし、これで英語も話せるようになったら、いろんな可能性が広がりますね」
2人「はい!」
・・・私が、17~8の頃と比べて、なんてしっかり将来に対してビジョン持ってるんだ。
じゅんじゅん先生、感動。そして、ちょっぴり恥ずかしい![]()
Uさん「先生は、中国語話せないのに中国に来て、本当に勇気ありますよね」
じゅん「ははは。そうですね~。今のカタコトの中国語に比べたら、全然韓国語話せない状態で韓国に住んでいたから、意外と平気です」
2人「えー!すごいですね~」
わはは。ヘンな感心されとる。
いいの。日本じゃなくても外国に住むってことを、そうやってちょっと身近に感じてもらえれば、それはそれで何かのきっかけになるかもしれないし。
一人一人の生徒とじっくり話したり、生徒の保護者と会ったりする機会ってこれまでなかったから、スピーチ聞く以上に、充実した午後でした![]()
3年生の入試スケジュールは、明日8日午後が外国語。
日本語クラスのみんな、頑張ってね~![]()