今まで健康だけが取り柄のような私でしたが、更年期の頃よりあちこち不調は出てきて


「寄る年波には勝てぬ」とは、こういう事と自分の身体の不調を真摯に受け止めてはいましたが、


この場に及んで、まさか自分の身にも「癌」という病が関わってくるとは思いもしませんでした。


まぁ癌に罹らずとも確実に人生の終末に向かって加速する年齢なので、進行の遅い「甲状腺癌」であったことに感謝しないといけないのかもしれません。


ジタバタしても仕方ないとは思いつつ


「この甲状腺癌とはいったいどんなヤツだ?」と、色々ネット上で調べますと、同じ病の方々の闘病記や、掲示板を読むにつれ


「私って甲状腺癌をなめてかかっていたかも・・・」と、夫を含む同じ病と闘っている方々に改めて申し訳ない気持ちで一杯になりました。


何度も治療を繰り返して、辛かったり痛かったり、ダルかったり、苦しかったり、負けそうになりながらも家族の為、愛する者の為闘っている人が沢山いらっしゃいます。


誰もが前向きに甲状腺癌と戦うのですが、中には負けてしまう方も少なくはないです。


去年ご近所で甲状腺癌から亡くなった方もいらっしゃるし、最悪の場合も少しずつ考えておこうと思います。

↓ 私が病院で頂いた資料(ですので、右甲状腺亜全摘になっています)


私の甲状腺癌記録…覚え書き
私の甲状腺癌記録…覚え書き
例え、私がいつか甲状腺癌に負けてしまうようなことがあったとしても、それはそれで


「あんなに元気そうで、殺しても死なないような人でも死んでしまうこともあるのね」と、ご近所さんや店のお客様達、これを読んで下さった方にも、自分に置き替えて、改めて健康に留意して頂くこと、そして一日一日の生活を大切に、生きる事の喜びを考えて頂ければ嬉しいかも・・・です。 (^_^)v


ただ、若い方達には、ご家族の為にも絶対癌に負けないで立ち向かって頂きたいです。


その為にも、早期発見! 健康診断に進んで行って下さい。


体調が悪い時は、迷わず受診して下さい。




9年前の夫の手術入院時
 の事を聞いてみても、本人も忘れてしまっているくらいだから、私が覚えているはずがない(;^_^A
覚えているのは・・・
お隣さん以外には誰にも夫が手術をするという事を言わずにいたこと。
お見舞いとか気を遣わせたくないのと諸々で
夫も会社の人にも言わないでいたらしい。
入院当日(手術は翌日)夫を病院に送った帰りは、嵐のような大雨雨


運転が超ヘタクソな私は死ぬ思いで病院から帰宅した途端


「明日の手術の同意書を書いてもらうのを忘れたから、また戻って」と夫からの☎ ドクロ
有難いことにお隣のご主人がわんわん犬の散歩に行って下さっていたので、嵐の中の散歩は避けられ餌だけやって、また病院病院へとんぼ返り・・・

叫び道路を走ると、まるでモーターボートに乗っているような水しぶき、波ワイパー最強でも前が見えませんあせる


「明日の夫の手術の前に、私がオバケ死ぬのだわ」と、病院に辿りつくまで冗談抜きで怖かったです。
当時、長男は大学生(神戸で一人暮らし)次男は高3(受験生)でした。
「わざわざ学校を休むまでもない」と夫が言うので、手術当日の付き添いは私だけで・・・
ところが、手術室の横の控室には、一族郎党で控えてる患者家族ばかり、1人ボーっと待っているのは私だけでした。
トイレに行きたくなった時、よそのご家族に「『もし○○さ~ん!』て呼ばれたら『トイレ行ってます』って言ってください。m(__)m」と頼んだり、ちょっと心細かった


「まぁ、死ぬか生きるかの手術じゃなかったし・・・」とか術後、お隣の奥さんに話したら


「全身麻酔の手術は、不測の事態も考えて子供達も学校休ませて付き添いするべきだった。大病じゃないのに麻酔事故でそのまま帰らぬ人になった知り合いも居る。」と叱られました。
(ノ_-;)ハア…反省
手術は何時間だったかな?(予定通りの2時間半~3時間位だったと)手術室からストレッチャーが出て来て、名前を呼ばれたけど
「(;゜ロ゜)エェ??この人、違います!」って言いそうになるくらい、夫はえらいジイサンに見えました。
手首につけられた名札が夫の名前だったので分ったくらいあせる


意識が戻るまでの間はカテーテルの中の尿の流れを見て


「あ~生きてるわ~」って思っていた事
意識が戻ってからも、やはり喉が痛いらしく「ウー」とか「アー」とか言うだけでした。
夫の場合、胸部レントゲンの際見付かった甲状腺の影
再検査、細胞診を何度かしても腫瘍が良性なのか悪性なのか分からず「クラス3」のグレーゾーン…
手術した後、濾胞癌と判明したのです。
翌日病院に行くと「眠れなかった」と言いつつも意外と元気というか、悪い所を取ってしまってスッキリしたのか、手術前の暗~い鬱陶しい表情ではない
何でかと思っていたら・・・


術後直ぐの患者は、緊急事態を想定してナースセンターの近くの病室
4人部屋のそこは、重い癌患者さんばかりでした。


夜中、痛みからか「殺せ!殺してくれ~!」と叫んでる患者さん、転移、再発を繰り返し身体中手術の痕だらけの患者さん、カーテン越しに余命宣告をされてる声が聞こえました。
「癌と分かっても甲状腺癌くらいで、暗くなっていては申し訳ない」というのが、私ら夫婦の素直な気持ちでした。
覚えているのは、それくらいかしら・・・(^_^;)


あ~ そういえば、食後必ず「全部お召し上がりになられましたか?」と看護婦さんに聞かれるですが、キャベツの芯とか残しただけで殆ど全部食べたのに


「少し残しました。」とか夫は見栄(?)を張ってました。


なんなんでしょうね?(;^_^A


「あの手術室から出てきた時『何処のジーサン?』って思った」 という話しをずっとしてたので

「じゃあ、ワシも手術室から出てきたバアサン見て『誰?』って分らんのやろうね?」と、夫と息子に言われています。(゚_゚i)タラー・・・

私は自宅で小さな店を営んでいます。
1人で細々と・・・ 俗に言う 駄菓子屋(文房具も置いてます)
先月、3日連続で手術前の検査があった時、1日は定休日でしたがあと2日休まないといけなかったので臨時休業のお知らせを店頭に貼っておいて休みました。
当然「何で休んだ?」と聞かれますが、手術前に変な噂を流されたくないので


「親戚の叔父の検査の付き添い」とウソをつきました。(;´▽`A``


何年も前に、今は亡き母の病院付き添いで臨時休業した時、たった1日の臨時休業でしたが


「家族が病気のため」と張り紙に書き添えておいたのですが、後日買い物でお会いした方に
「お身体、大丈夫なんですか?」と聞かれ
「(;゜ロ゜)エェ??私ですか?」と聞くと
「『子供が、おばちゃん病気でお店休んでた』と言ってたんで・・・」と言われました。
なので間違っても「病院行く」なんて言えません
益して「甲状腺癌だ」なんて言おうものなら
「おばちゃん、ガンやって・・・死ぬのかな?」とか


絶対子供達の間で噂になるのは見えてます。(-_-;)
もしかしたら「もう死んだらしいで~」とか、面白半分に噂を流すク○ガ○様も居ないとは限らないですし・・・
(゚_゚i)タラー・・・
なので、7月の手術入院の際も「東京の息子のとこへ行く」とウソついて休みます。
誰か1人にでも言って、ポロッとウソがバレないように、ご近所にも誰にも真実は言わずに・・・
(ノ_-;)ハア…  面倒くさい
けど、首のとこ手術の痕が目立つかもしれないし、また術後検査やなにかでちょくちょく休まないといけなくなるでしょうから、追々「実はね~」と店に来る子供達にも話そうと思ってはいます。
傍若無人なお子様達も、これで少しは私を労わってくれるかしら?(^_^;)
「ストレスが溜まると、また再発しちゃうんだぞ~~~!」と 脅しちゃおうかしらん♪