例えもし甲状腺癌になっていなかったとしても、人生の後半に差し掛かった私は、最近よく自分の「終末」について考えるようになっていました。
一昨年、とても親しくして頂いていたお隣の奥様が亡くなりました。
テレビを見ながら煮ものをしている時、倒れて救急車で運ばれ、そのまま帰らぬ人になりました。
まさかの悲しいお別れは、クモ膜下出血のせいでした。
そしてその後を追うようにご主人も去年亡くなり「死」というものを、これほど残酷で身近に感じた事はありませんでした。
あんなに明るくて、元気でハツラツと、優しくて素敵なご夫婦が何で?って、今も悔しくてなりません。
「死」は突然やってくることもある。
そして、私ら50を過ぎた者には、若い人よりも確実にその日が忍び寄ってくる確率が高い!(ノ_-;)
もし今 夫か私が死んだら、いったい何処に「安置」されるんだろう?
と数年前から真剣に悩んでいました。
私が自宅で小さな店をやってるが為に、色々な在庫やレジ袋の束、包装紙etc・・・がリビングや座敷にゴチャゴチャ雑然と置かれてます。(私のせいだけど(^^ゞ )
「殺しても死なんやろう」とずっと思われていた丈夫なだけが取り柄だった私が、このたび人生初の手術入院で、夫も少しビビったのか、座敷のリフォームしよか?ってことになりました。
物は、徐々に処分するにしてもとりあえず美しく収納して、人様を迎えられる部屋にしようと・・・
壁紙、襖、畳を張り替え、床の間をクローゼットにします。
備えあれば憂いなし (^_^)v
前から次男に「そんな太ってたら、もしもの時、重くて運ばれへんぞ」と言われてますけど、それはなかなか備えられません。 ┐('~`;)┌
まあ、死ぬのは怖くないけれど、三年前に亡くなった母のように認知症にはなりたくない。
(私も既に大分怪しくなってきてますが(゚_゚i)タラー・・・)
大昔、そんな母は「ボケないように」とボケ寺に通い、私まで不味い「ボケ除け弁当」なるものを食べさせられた記憶があるけれど
「ボケるなら死んだ方がマシ」と言ってた母が見事に(?)ボケてしまったのだから、人生思い通りにはなりませんわ。
人生、いつ何が起こるか分らないけど、私は棺桶の中で「いい人生だったわ~♪」とピースサイン出来るように、これからの人生も悔いなく楽しく生きたいです。
「明日は明日の風が吹く」
(【注釈】明日が来れば今日とは違う風が吹くものだから、くよくよ考えても取り越し苦労になるだろう。物事はなるようになるのだという開き直りや、不遇の身を慰める意で使う。)
母が大好きな言葉でした。
私の好きな言葉は
「災い転じて福となす」
「まぁ、何とかなるでしょ」
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そうそう、昨日は来月分のチラージンをもらうため、手術した病院からの紹介状を持って近所のクリニックに行きました。
一ヶ月分のチラージン…¥710の為に、甲状腺癌には関わってない町医者に診察料¥2110のお支払いでした。(;^_^A
三ヶ月分出してと言ったら断られました。(>_<)