
<7月15日>
八戸市鮫漁港~蕪島~種差海岸~階上町~洋野町~久慈市と、国道45号線を南下して行き、久慈市
中心部からは、もっと海岸沿いの道、つまり268号線に入りました。
このあたりは、断崖絶壁が海岸まで迫り、道路も車同士がそれ違うのもやっとなくらい狭くなります。その反面
景観はとても良く、奇岩・怪岩が見られ、陸中海岸北部特有の変化に富んだ海岸線(小袖海岸)が楽しめます。
なかなか車を停めてゆっくり見物できるところがありませんでしたが、「 つりがね洞 」 という表示があった場所
は、ちょっとした停車スペースがありました。波の浸食でできた奇景でしょうか。
このあたりも津波で破壊されたんでしょうね、道路があちこち傷んでいて、現在修復中でした。

海女さんで知られる小袖地区を過ぎて、いったん内陸に入り、再び海が見えて来ました。
野田村です。ブロ友の 「 じゅりまま 」 さんたちが中心になって、ブログを通じた被災地支援を精力的に行った
土地。見渡す限り、何もありません。

もともとの風景がどうだったのか分からないので、どこをどう破壊されたのか、見ただけでは何とも言えま
せん。海辺の少し高くなった道路から見て、見渡せる範囲には、少なくとも建物らしいものはありませんでした。

カーナビの位置情報では、このあたり。
陸中野田駅から海側へ来た、第32地割、第29地割のあたりで、野田港へ通じる道路上です。

直進 「 野田港 」、左折 「 久慈、小袖海岸 」。正面が太平洋です。
港があったのかどうかさえ定かでないような、荒涼とした景色になっていました。もちろん、人っ子ひとりいま
せん。

白い塀で囲まれたところは、瓦礫置場。
ちょうど車が止まって、私たちと同じように、この殺伐とした景色を眺めているようでした。
1年4ヶ月経って、瓦礫は随分少なくなったのかも知れません。それでも、まだまだかなりの量の瓦礫が残って
いて、少なくともこれが綺麗にならなければ、このあたりの復旧には手を付けられないだろう・・・ということは、
想像できました。
ここから国道45号線に戻って、人の気配があまりしない村を通り抜け、「 えぼし荘 」 下の海岸線を通過して、
次の普代村へ入りました。