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 『久世光彦vs.向田邦子』小林竜雄著、朝日新書。

 作家・脚本家である向田邦子を「最も理解する男」だった久世光彦(くぜ てるひこ)。ただ、その

裏腹には向田に対する“意地”と“嫉妬”があったのではないか…。二人とも、もうこの世にいない今、

このことは一つの推測ですが、当たらずとも遠からずのような気がします。

 久世を知ったのは、向田邦子を愛読する過程でのこと。「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」といった

向田の代表作を演出した男に「久世」という人がいる。向田とはかなり近い存在で、日常生活から昵懇

の仲、小説家として直木賞候補にもなった実績がある。そんな久世に関する事項が徐々に明らかになる

につれ、彼のものも少し読んでみようか…という気になりました。

 『触れもせで~向田邦子との二十年』久世光彦著、講談社。

 『一九三四年冬-乱歩』久世光彦著、新潮文庫。

 これらを一通り読んでみると、向田と久世の微妙な関係や感情の交錯など様々な展開が頭に浮かび

ます。興味津々。久世は本当は向田をどう思っていたんだろう?逆に向田は久世を本音のところ、どう

感じていたんだろう・・・?聞く術のない二人のこと、推測で考えるしかありません。

 そんな疑問に少しは応えてくれるのが「久世vs.向田」。

 ★久世は“奇才”であって“鬼才”ではない。

 ★寺内貫太郎役は当初若山富三郎の予定だったが賭博事件でダメになり、急遽抜擢したのが演技素人

  の小林亜星で、これが的中した。

 ★向田が台湾へ行くことを知った久世は、高雄の美味しい店を教えた。その後向田は、台北から高雄

  へ行く飛行機に乗っていて墜落事故に遭遇する。

 ★久世は九歳年上の山口瞳に、(向田のこともあって)長く敵意を抱いていた。

 ★向田の歩みはエッセイから始まった。だから久世の書くことの歩みも、まるで向田をなぞるように

  展開して行った。

 ★久世の晩年の作品「風を聴く日」で持っていた問題意識は、倉本聰も同様に持っており、それが

  『風のガーデン』へ繋がった。

 あちこちに「ドラマ」を巡る不思議な模様のようなものが、万華鏡のようにクルクルと廻ります。

そして久世がエッセイ『触れもせで』で語った向田への想い。小説「一九三四-乱歩」で見せた、幻想

のような夢のような亡霊のような世界。

 向田邦子は天才肌かも知れませんが、久世光彦はまさに“奇才”という表現が似合います。