久々に更新ですな。
この長い空白期間に引越しをしました。
両親が田舎に引っ込んで以来、家族で住んでいた賃貸一戸建てに独りぽっちで住んでました。
古めの日本家屋でお気に入りだったんだけど、独り暮らしには無駄に広すぎるし、家賃も負担が大きすぎるわけです。
そんなわけで長いこと引越しを考えてはいたんだけど、なんたって生まれも育ちもその町だったし、キッチン用品などの荷物が多いためある程度の広さを求めるあまり、なかなか納得のいく引越し先がみつからず。
賃貸情報を眺めるのが趣味のような、日課のような生活をしていました。
友達にも「引っ越す引っ越すって何年も言ってるけど、いったいいつ引っ越すんだ?」などと呆れられる始末。
そんなある日、まゆみのおばぁちゃんの所有のアパートに空きが出たと。
よかったらうーちゃん入らないかと。
声をかけていただき、単身用アパートじゃあたしの荷物は入らないだろうなぁなんて思いつつお部屋を見せてもらいにいったのが始まりでした。
お部屋は2DK。
6畳の和室2部屋とキッチン。
お風呂とトイレは別。
洗面台完備。
一階でベランダというよりちょっとした庭レベルの物干しスペース有。
おぉ。
案外いいんじゃないか?
押入れも二つあるし、最悪荷物が入りきらなければ物干しスペースに物置を設置してもいいよといってもらい。
しかも、たまに上京する両親の車を停めるスペースもたまになら停めてもいいよと駐車場の利用許可までいただき。
さらに、会社まではバイクで最速6分の距離。。。
こりゃ決めるしかないでしょ。
今まで何年も迷い続けたのに、あっとゆーまにその気になって、引越しを決めてしまったのであります。
こんな条件で入居させてもらえるなんて、長年連れ添ったソウルメイトのまゆみのおかげ!
あたしにとってネックだったバイク置き場、両親の駐車スペース、広めのキッチン、家賃削減、などの条件をあっさりクリアしてもらっちゃった。
しかしそこからが大変だった。
一戸建てからアパートへの引越しは壮絶を極めるわけです。
信じられないような量のガラクタとの戦いの日々は地獄でありました。
無駄に広い家に独りぽっちで住んでいると、捨てずにとりあえず閉まっておけちゃう場所があるんですね。
なんでこんなものをわざわざ閉まっておいたのか?
不可解なゴミやらガラクタが出るわ出るわ。
クローゼットの中身丸ごとゴミだったといっても過言ではありまへん。
実際クリアケースの中身を丸ごとザラッとゴミ袋に詰め替えましたからね。
さらには両親が住んでいた時代からの残り物もあるわけですから。
心配したまゆみが休みのたびに来て手伝ってくれました。
本棚の中身、食器棚の中身、みーんなまゆみが詰めてくれました。
その上詰めたものから順番にアパートに運ぶのもまゆみの車。
あ、あたしんち引越し業者に頼んだ経験がありません。
昔から夜逃げのように自分たちで運ぶ引越しスタイル。
町内で転々と賃貸一軒家を渡り歩く家族でしたから、自分たちでチマチマ運ぶのが当たり前。
両親が山梨に荷物を運ぶときですらトラックを借りて自分たちで運びましたからね。
今回は東京から神奈川への引越し。
とはいえ、東京の端っこ大田区から、神奈川の端っこ川崎へは多摩川を渡ればすぐなのです。
まゆみの車で箱物をチマチマ運び、食器棚、冷蔵庫、洗濯機、テーブルなどの大きな家具はボーイスカウトの若者のみなさんに運んでもらいました。
オイサンに一声かけたらあっとゆーまに若い男の子たちをゾロゾロ連れて引越しを手伝いに来てくれましてね。
改めてボーイスカウトの機動力に感謝。
ソウルメイトのまゆみに感謝。
いっそ引越し業者に頼んだら一回で荷物を運ぶしかないし早いんでしょうけどね。
チマチマ引越しは一ヶ月近くの時間を要しました。
まだ内装の修繕が済んでいないのに、詰めたものから荷物を運び込ませてくださったおばぁちゃんにも感謝しています。
周りの人たちに支えられての引越しとなりました。
生まれ育った東京を離れ、神奈川県民になりました。
次に引っ越すときはマンションでも購入したときか?
お嫁に行くときか?
まさか、両親の介護で山梨移転になるか?