西を向こうが東を向こうが
どっちにしても、大国の意向を斟酌しながら
尺取虫のように進むしかない。
しかし、乗っかっている枝が
西にも東にもつながっていると
思っていたら大間違いだ。
身の程を知る力とは、
尊大さとは相容れない。
それを思い知るときが来ないことを祈る。
西を向こうが東を向こうが
どっちにしても、大国の意向を斟酌しながら
尺取虫のように進むしかない。
しかし、乗っかっている枝が
西にも東にもつながっていると
思っていたら大間違いだ。
身の程を知る力とは、
尊大さとは相容れない。
それを思い知るときが来ないことを祈る。
平和国家の理念を崩すのか。
これが国家安全保障戦略案を見ての
野党や一部マスコミの反応だ。
平和はもちろん一番の優先事項である。
それに伴った外交努力も同様に必要だ。
しかし、公然と日本を仮想敵国として
戦略、戦術が語られる近隣国が
存在する現実を目の前にして、
平和平和と唱えるだけで、
いったいどこの国が喜ぶというのであろうか。
これこそ自己満足の平和音痴というべきであろう。
対峙して備えをもち、しかして事を構えず。
その基本さえあれば、十分に平和国家といえるのではないか。
ことさらに9条に甘えるのはもう現状にそぐわない。
さすがに1300億円の予算が3000億じゃ
容認できないだろう。
それにしても、このデザインを提示した
設計事務所は、掟破りじゃないのか。
そもそも予算の条件を守っていないんだから。
コンペを通ればこっちのもの、そんな風に
考えているんじゃないのかとうがってみてしまう。
他のコンペ参加して落選した設計事務所も
あきれているんじゃないのか。
そして、悔しい思いもまた。
予算がどうでもいいデザインなら
もっと大胆な発想も可能だったのにと。
審査したほうもこの件いかがお考えなのでしょう。
責任は同等だと思いますが。
成績の公表がゴールではない。
そのとおりだ。
しかし、入試はその成績の公表の最終形だし
そこを目指さざるを得ないのが
日本の一般的教育の現実でもある。
それを生徒の立場にあって、
実際に成績の荒波を
乗り越えてきた者が、その現実から
乖離するかのような建前を述べるのは
いかがなものかと思う。
乗り越えたらあとは余裕。
富者のひとりごち。
そのにおいがぷんぷんしている。
教育する側の立場ばかりを斟酌して、
結果として建前となるような教育を語るなかれ。