はい、貧乏旅行が大好きです。
地図を適当に見ながらその風土を楽しむ。
移動の手段は主に車であり、時に自転車。
初めてそういった旅をするようになったのが、劇団を辞めたあとのこと。
傷心旅行ならぬ自己探求の旅。
2ヵ月半ほどでした。
このときは貧乏旅行じゃなかった。
結構な額をしたため、毎夜豪勢な宿の料理に舌鼓。
昼は史跡探索。
しかしながら、旅の終わりに鹿児島の高千穂峰に登り、ひとつの目標を見つけました。
これは釣りをしながらの桜島。

数年後に再び。
このときはまったくの計画なし。
車の中にベッドを作り、日本中を右往左往。
その後の好み、貧乏旅行がスタートしたんですな。
車に野菜と米などを積んで自炊の日々。
1週間に一度のひとり鶏肉バーベキューが何よりの至福のときでした。
夕闇の景色の中でビールをプシュッとね。
高知の奈半利川。

特に毎日が新鮮だった北海道。
あの大地には出会いがあり、その雄大さは旅人の多くを吸収するには十分でした。

北海道だけで一ヶ月半も生息したのはその居心地の良さ。
釣り糸をたらし晩のおかずを手に入れ過ごす夜陰。
人馴れしたキタキツネにおすそ分け。
早朝の海の匂い、草生した草木の匂い。
良いものでした。
オホーツクの海岸でシャッターを押し一人格好をつけたつもり。

でもこういった旅もどこかで区切りをつけないと意味がないんですよね。
だらだらしてしまうとダメになる。
その日がいつかはその日急激に訪れます。
この旅のときは快晴の日、京都の天橋立にて区切りをつけました。

そうして家にたどり着くと、自分の感性の幅が広がっていることに気がつきます。
同時にやせている(笑)
最近は諸事情で貧乏旅行に出かける機会はありません。
その鬱憤を晴らすがごとく、こんな記事を書いてみました。
旅の記録はまだまだ続きます。