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アイスショー以外オフシーズンとなったフィギュアスケート。トリノでの荒川静香の活躍で日本中がフィギュアスケートに目を向けた今年。軒並み各地方のスケート場は来場者が数倍に膨れあがったと聞く。

誰々のようになりたいと、男の子、女の子を問わず希望のまなざしでトップスケーター達を見るようになった。

その羨望の中に純心無垢な少女、浅田真央がいる。

そんな彼女もスケート靴をはいて間もない頃、長野オリンピックでのタラ、リピンスキーの華やかな演技を見て、自分もああいう風になりたいと希望をもった一人であった。

小学2年、7歳の頃である。

それから8年の歳月が過ぎ、次代をになうどころかすでに世界トップレベルの選手に成長し、数々の栄冠を手にしている。

大人から見ればその成長振りと時間の早さに驚いてしまうが、彼女自身にしてみれば自然の流れのままに時を過ごしてきたのだろう。

偏見かもしれないが彼女を見ていると努力と言うものとは無縁のような気がしてしまう。

一方、大変な負けず嫌いとも聞く。

体操、バレエ、ジャズダンス、ピアノ、絵画、PC、英語、スケートと、数々の習い事をしてきた中で最終的にスケートを選んだらしいが、それはただ単純に一番好きなものだったからだと言う。

他にも同世代の子たちがあたりまえのように興味を示す流行などに対して、そのすべてにまったく興味を示さない頑固な所もあり、しっかりと自分の世界を守っている姿もあるようだ。

だからこそ厳しい練習も楽しいと感じながら、他の人には負けたくないという強い心をもち、思うがままにのびのびと成長したのではないか。

だがそれだけなら他の子たちの中にも似たような負けず嫌いの頑張りやさんもいたはず。そういった意味では、彼女のことをやはり天才と呼ばなければならないかもしれない。

小学6年生の時、日本スケート連盟の特別推薦で出場した全日本選手権。7位と言う結果だったが、女子公式戦史上世界初となる3連続トリプルジャンプをやってのけてから、その存在をフィギュア界に刻んだ。その後、先のジャパンオープンなども含め主要な大会で20回の優勝経験を持つことになる。

しかし本格的にシニアデビューを飾った2005~2006年シーズン、彼女を取り巻く環境は大きく変わってしまった。

今までは好きなように試合をし、好きなように暮らしていたが、グランプリファイナルで優勝するやいなや、マスコミ関係を始め、いたるところでそれまで以上に注目を浴びるようになった。言ってみればフィギュアにそれほど興味をもっていなかった僕でさえもその存在を知るようになったのだ。

これには当の彼女自身、大分戸惑っているだろう。

それによって心配なのは、本職のスケートに今までどうり打ち込めるかだ。

彼女の練習場所である名古屋スポーツセンターでの練習も、少々弊害が出てしまっているようだし、注目される怖さも徐々に膨れ上がってくると思う。

4年後のバンクーバーオリンピック。それに向けてこれからは乗り越えなければならないことがたくさん出てくるだろう。

身長もこの1年で10センチ近く伸び161センチとなった。心、技、体。今以上の大型スケーターになる要素は十分持ち合わせている。

16歳以上と言う規定の中、87日の差で残念ながら出場できなかったトリノオリンピック。

高校生になったばかりの天真爛漫な少女は言う。

「バンクーバーに出たい、それが人生でいちばん大きな夢」

タラ、リピンスキーを見て夢に思ったオリンピックの舞台。その同じ舞台に立つ日はもう手の届く所まできている。